「エンブレイス」 文、絵by 平崎さん


 

その部屋は、外の風景とは不釣り合いなほど清潔に保たれていた。

 板張りの床はしっかりと磨きあげられ、ほこり一つ落ちていない。

 内装もこざっぱりとしていて、どれも飾り気はないが品のいい家具が置かれている。

 時代もののチェストに、書きもの用の机、そしてひとりで寝るには少し大きめのマホガニーベッド。

「色気のない部屋でがっかりしたかい?」

 部屋のなかをきょろきょろと眺めている青年に、扉のむこうからワインとグラスを両手に持った女が声をかけた。

「い、いえっ! あの、その落ち着いた、いい部屋だと思いますっ」

 あわてた口調で青年は女の方に向きなおった。

「ありがと。実はね、ここはあたしの私室なのよ」  ははは、と女は笑いながら机にワインと二つのグラスを置いた。

「今日は団体さんだからね。部屋が足りてないってわけ」  コルクを抜きながら、女は肩をすくめる。

「女の子たちも、みんなほかの兵隊さんの相手に行っちゃって。

 あたしみたいなおばさんまで駆りだされる始末ってわけ。あんたも災難ね」

「そっそんなことは……」

 青年はまっかになってうつむいた。

「そんなことあるのよ。お客にとって娼館で一等えらいのは若い娘。

 ま、ウチで一番若いのはようやく月のものがきたばっかりって娘だからね。さすがに、お客はとってないけど」

「ああ。庭を走り回っていた、あの子……」

「そ。  で、あたしみたいのは普段は帳簿つけたり、お客さんの便宜をはかったりするのが仕事。

でも、今日は一小隊、まるごと相手にしなきゃならない。  

こういうとき、新兵さんのお相手はいちばんの年増女ってのが、むかしっからの伝統なの」  

女はグラスに半分ほどワインを満たし、カーキ色の軍服を着た青年に差し出した。  

青年はまだ二十歳にも満たないしがない一等兵だった。たち振る舞いも頼りなく、おどおどとした碧眼もふわふわとした金髪も、

まだ一人前の男のものではない。腰からぶらさげたサーベルと拳銃が、ようやくかれを軍人らしく見せていた。

「ありがとう、ございます」  

おどおどとグラスを受け取る。杯をあおる前から、青年の頬は紅潮していた。

 女はベッドに腰かけた。青年も誘われるようにして隣にすわる。

「ふふ。ひと晩かぎりの契りに、乾杯」  チン、とグラスを軽く当て、女はゆっくりとワインに口をつけた。

 青年は、ぼぅっ、とした瞳でそれを見つめている。

 女の年齢はよくわからなかった。田舎育ちの青年兵に、あまり女性との付き合いがなかったためか。

それとも「娼婦」という因果な稼業をしている女が自然と身につけた幻惑によるものか。

 顔だちから察するに彼女は二十代後半から三十半ばといったところだった。

しかし、揺れるランプの光の加減によっては、まだ十五の娘のようにも見える。  

夜のように黒い髪は短く切りそろえられ、月光とランプの光を反射しつややかな質感を浮き出しにしていた。

 体には質素な木綿の服を身につけている。いかにも「宿屋の女将」といった服装だ。

 しかし、内から浮き上がるふくらみ、えりもとからのぞく首筋。すべてから、匂い立つような成熟した女性の色香がかもしだされている。

 グラスを干した女が、自分をじっと見つめる青年の方へと振りかえった。

「ん……どうしたの。飲まないのかい? いくら、新兵さんでも、酒の味くらいは知ってるだろう」

 娼婦はうぶな青年をからかうような調子で、 「それともアレ? 飲んだら使いものにならなくなるってクチなのかな、ふふっ」

「ち、違いますっ!」  ぐいっ、と青年も一気にグラスの中身をあおった。

 ……かれはもともと酒には強くなかった。

「ぶふっ!」 「わっ」

 口に含んだ半分以上を吹き出してしまった。床に赤い染みが点々と残る。

 残ったわずかな酒の成分は、それでも青年にはきつかったらしい。  

クラっとめまいに襲われた。 「おっと」  もたれかかるように倒れこんだ青年を、横から女が支えた。  

ぎゅっ  豊満な乳房が青年の肩におしつけられる。  

服の上からもわかるほど、彼女の肌は弾力にあふれ、生々しかった。

 鼻腔に香水まじりの、熟れた女の匂いが広がった。

「まったく世話のかかる兵隊さんだね。  ふふっ、子供みたいね……」

 女は優しい声音で、青年をかきいだいていた。  

細長い、しっかりとした肉づきの女の指が音もなく、蜘蛛のように軍服の上をすべり、

「まったく女と一緒だってのに、こんな無粋なもの付けちゃって……」

 慣れた手つきで、銃と剣が装着されたベルトを外していく。

「ほぉら……ぬぎぬぎしましょうねぇ、坊や?」

「は、はい……」  手練れの娼婦の前では、青年兵は赤子も同然だった。

 唇を乙女のように奪われ、女のなすがままになる。

 ごとん  拳銃とサーベルが床に当たって、重い音をたてた。

「んっ、ちゅ……」 「んぐ……ぅぅ」  女は男の唇を吸いながら、これまた器用な手つきで軍服を脱がしていく。

「ハァハァ……っ」  がばぁっ! 「おやおや♪」  シャツとズボンだけになった青年はたまらず、女をベッドへと押し倒していた。

 夢中で女の豊かな乳房をまさぐり、スカートの裾をたぐりあげていく。

「ふふ、せっかちだね。  ぁん、ちょっと待って……そんな乱暴にされたら、服が破けちゃうってば」

 と、彼女はするりとたぎる青年の下から逃れた。

「ああっ……」  無念そうな声をあげる青年を、女は軽く指でこづいていなす。

「メインディッシュは、もっと温めて、ゆっくりと味わうもんだよ……」

 海千山千の娼婦は、目だけで青年をベッドの上に釘つけにする。

 そのままながれるような動きで部屋の中央へと歩いていき、 「自己紹介もまだしてないんだからさ」

 くるり、と青年の方を振り返る。  そして貴族の娘がやるような仕草で、スカートの裾をつまんだ。

 すすすっ……  布がめくりあげられ、女のカモシカのように引き締まった脚が露わになる。

 大理石の彫刻のごときなめらかな肌が、ランプの淡い光に照らされている。

 ワインの洗礼を受けた青年の頭がさらに、じーん、と痺れはじめだす。

 女の形の良い唇がしずかに言葉をつむぎだす。

「私、当館≪黒衣の寡婦≫亭の女将をつとめさせていただいておりますメイと申します」

 さきほどまでの田舎女将の調子など微塵もない、貴族のように洗練されたアクセントだった。

「今宵、この身を尽くしてあんたのお相手をさせて頂きますゆえ、どうぞ……」

 そして、優雅に一礼。

 

【エンブレイス】

 

 かれが所属する小隊が各国の境界がぶつかりあう「無人地帯」に到達したのは、いまから一週間前のことだ。

 行程の最初は自国地域や占領地域であったため、教練時代とさして変わらぬ状況だった。しかし『無人地帯』に入ってからは事情が変わった。

 国境線こそ越えてはいないが、自国の領土でもない、政治的に玉虫色のエリア。

 長く続いた小競り合いで、街道は荒れ、廃墟が点々と存在する荒涼とした土地。

 いつ、どこから、敵の弾が飛んでくるかわからない場所で野営を続けるのは、戦線にいるよりも粘っこい緊張を強いられる。経験の浅い青年にはなおさらだった。

 小隊の今回の行動目的は、再びきな臭くなりそうな『無人地帯』の斥候である。

 このような作戦は状況に応じて期間が延長されることが多かった。そして先の見えない偵察活動は兵たちに心労を与える。

 兵たちのガス抜きをしようにも、宿場はおろか、炭焼き小屋すらない荒れ果てた土地である。 隊の雰囲気は日ごとに悪化していった。

 それでもなんとか偵察任務にも目鼻立ちがついてきたところに、疲弊した兵士たちを飛びあがらせるような報告がもたらされた。

 それは……。

「……こんな岩だらけの土地で、メイさんのようなきれいな人がいるなんて……夢みたいだ」

 ベッドに腰かけた一等兵の青年は夢うつつの状態でつぶやいた。

 すると、 「ぷっ……」  上品にカーテシーの姿勢を取っていたメイがこらえきれないように吹きだした。

「あっはっはっ! 何だい、そりゃあ。  こんな年増をつかまえてさ、ははっ」

 さきほどのかしこまった口調はどこへやら。また蓮っ葉な口調に戻って、メイはけらけらと笑う。

「ほ、ほんとうですっ! ぼくの田舎や、教練所のまわりには、あんたみたいな美しい人はひとりも……」

「およしってば」  くすくすと笑いながらメイは壁によりかかる。

「だって、『無人地帯』にこんなしっかりとした造りのある屋敷があることにも驚きなのに……。

 中央でも見たことのないような可愛い女の子がいっぱいいるなんて……最初に報告を聞いたとき、かつがれているのかと思いましたよ」

「不思議かい?」  メイはいたずらっぽい瞳で聞いてくる。

 吸いこまれそうな夜の闇のような瞳の奥に、奇妙な光があった。

「ええ」  青年兵がうなずくと、

「そうだろうねぇ。でもね、男ってのは女がいなきゃだめなのさ。

 パンやワインと同じ。放っておくとひぼしになっちまう。兵隊さんなんてのは特に、ね」

「はぁ」

「ずっとむかしは、あたしらみたいなのもおおぜい戦場について行ってたみたいだけど。いまじゃ、そうはいかないだろう?

 すると、自然に兵隊が集まる場所にこういう館ができるってわけ」  メイのいっていることは事実だ。

 戦争の主力が傭兵にあったころ、定住する地をもたない「移動国家」であった傭兵集団には職人や商人、家事と夜の相手を受け持つ女性たちもまた随行していた。

 しかし国家の主権が絶対的な権力を持ち始めると、ムラのある傭兵は廃れていき常備軍へと形態が変化していくことになる。

 規律を第一とする常備軍においては、ならず者集団と紙一重であった傭兵のような真似はできない。

そうなると従軍慰安婦というのも、 自然になりをひそめていくことになるわけで……。

「……ま、だからこそこんな辺鄙な場所でも、身一つで稼いでいるわけ。  この辺は、いろんなところから、ちょくちょく軍人さんが出張ってくるからね」

 メイは意味ありげにほほえんだ。 「そうだった、んですか……」

 国境線上にぽつりと孤立した娼館……。

 この館の姫たちには、兵隊たちは国籍に関係なく、みな客というわけなのか。

 青年兵は窓の外を見た。

 月に照らしだされた平原には、人の気配などまったくない。

 ≪黒衣の寡婦≫亭だけが窓という窓に明りをともし、そのレンガ造りのあまりにも人工的なシルエットを荒野の闇の中に浮かびあがらせている。

「しかし、なんで≪黒衣の寡婦≫なんて不吉な名前を、娼館に……?」

 少し気にかかっていたことを口にする。

 するとメイは青年兵から視線を、ふっ、とそらして天井をみあげた。

「ここにいる娘はね、みんな戦争で夫や家族を失った女ばかりなの」

「え」 「戦争で暮らしていけなくなった女がより集まって、兵隊さんを相手に商売してるってわけ」 「……」

 青年兵は気まずさにだまりこんだ。責められているように感じたからだ。

 しかし、 「ふふ……しんみりさせちゃったね」  メイはころりと態度を変えた。

「ま、血気盛んな男たちが死んでいって、女盛りばかりが残って商売してるって考えなさいよ。

 ウチの経営方針は“血を流すのは男だけ、女は気ままに。ベッドの上で代わりの男を待つだけ”ってわけ……あは」

 メイは妖艶な声で語りかける。  青年のまえで、ゆっくりとした動きでしなを作った。

 みじかく切りそろえた髪をかきあげ、もう片方の手で胸元のボタンをゆっくりと外しだす。

「ぅんんっ……ここにいる女はみんな身体をもてあました独り身ばかり……。

 あんたはなんの気兼ねもしないでいいってこと」

 メイの胸元から、たぷん、と乳房が飛び出しそうになった。 「あ……」  ごくり、と青年兵の喉が鳴った。

 メイは食い入るような青年兵の視線に意地悪い笑みで、 「……それとも、あんたの方こそいいひとがいたりして、ね?」

 ともすればボタンを弾いて飛びだしそうになる二つの膨らみを、両腕で抱えて押さえている。

「っ?! あ、た、たしかに、故郷にひとり、いますけどっ……」 「ふぅん?」  メイはわざとらしく切れ長の眉尻を上げた。

「その娘とは……もう、したの?」 「あ、う」  

青年兵は耳まで赤くなった。 「出征の前の晩に……。  初めて、同士だったから、よくわからない内に終わってしまったんですけど……」

 そしていわなくてもいいことまで白状する。

「青臭くて、うぶで、かわいらしい話ね。  はぁん……なんだか、その娘に悪い気がしてきたわぁ」

 ためいきを吐き、メイは横を向いた。

 内側から胸が押し上げるせいか、彼女の服の肩口がずりおちて、もろ肌があらわになっていた。

「え、えっ?」  ひと回りは年上であろうメイの、あまりにもきめ細やかな肌に目を奪われつつ、青年兵は慌てた声をあげた。

「それにあんたは若いし、こんなおばさん相手じゃ嫌だろうしねぇ……」 「いっいやじゃないですっ!!」  

青年兵は叫んだ。 「ん〜?」  メイは流し眼でかれを見ながら、 「……あたしと、したい?」

「は、はいっ」  かくかくとうなずく。 「……あたしの身体、きれい?」

 メイの手はじらすようにボタンにかかったまま動かない。 「はいっ!」

 かれは必死だ。  はら…… とさっ  と、メイの服がするりと肌の上をすべって、床に落ちた。

 彼女は下になにも身につけていなかった。

 あまりにも肉感的な肢体が、ランプの淡い光に照らし出されている。

 服の上からでも存在感をただよわせていた彼女の胸は、重力に反発するかのようにつんと張って、見事な山なりを描いている。

 豊かな膨らみをもつ胸部とは反対に、メイの下半身は猫科の獣を連想させるしなやかな流線型をしていた。

 荒野で生活していると自然とそうなるのであろうか。

 都市生活をしている人間のものとは違った、引きしまった肢体だった。

 うすくのった腹筋で、縦長にきれこんだへそ。

 肉づきはあるが、たるんだ部分のない太もも。

 そして、 「ふふっ……そんなに、黒毛は珍しい?」

 メイの恥毛は頭髪と同じく、烏の濡れ羽色をしていた。おそらく大陸系の血が入っているのだろう。

 青年の故郷ではまず見なかった髪の色、瞳の色。

 遠くまで来たんだ。  ふと、かれは望郷の念を覚えた。

「どうしたの? 急に遠い目をしちゃってさ」  いつのまにかメイが目の前まで近づいていた。

「あ。いやその……」  と、ベッドに腰かけた青年兵の横にメイの片足がすっと乗せられる。

「いやな子ね。  ひとが目の前でこんな恰好してるってのに、ほかの女の子とでも考えてたの?」

 さすさす……  メイはつま先でかれのふとももをくすぐった。

「ふあ……はぁはぁ……」  

青年兵の息がふたたび荒くなった。

 眼下にはつややかな逆三角の夜陰。

 眼前には熟れた女の二つの果実が、どん、と突き出されている。

 その圧倒的なボリュームに、知らず知らずのうちにかれの喉が鳴った。

「ねえ……あたしの身体、きれい?」  メイは同じことを聞いてきた。

 青年兵はもはや声も出せず、こくん、と素直にうなずいた。

「……故郷の娘よりも?」  頭上からかけられたメイの声に、かれはぴくりと身じろぎした。

 そして、すこしためらってから、うなずいた。 「ふふっ……かわいいね」

 メイはかすかに笑い声をたて、そのまま青年兵の横をまたぎ、ベッドに横たわった。

 かれもなにもいわないまま、メイの方へと体をかがめる。  天井に映し出された二人の影が、ひとつに重なる。

 ***

「んっ……ちゅぷっ……」 「あは……上手よ。あんたの舌使い、なかなかいいわ」

 ベッドの上で、メイが艶のある声をあげた。

 青年兵は野暮ったい軍のシャツと土埃にまみれたズボンすがたのまま、一糸まとわぬメイの身体にむしゃぶりついている。

 メイはかれの頭をかかえこむようにして、ふくりとした乳房を口にふくませている。

「ふふっ。赤ん坊みたいに吸い上げて……そんなにあたしの胸、気に入ったの?」 「ふ、ふぁい……」

 つんと立った乳首を甘く噛みながら、青年兵は答えた。  カーキ色のズボンの股間部分が、ぎちぎちに盛り上がっていた。

「もう……我慢できない?」 「は、はいっ」

 首にしなやかな腕をまわされ、顔を半分メイの媚肉にうずめながら、もごもごと青年兵がいった。

 すっ、とメイの脚が開き、蜘蛛のように青年兵の腰にからみついた。 「あ」

 腹のあたりに、熟れた女のしっとり濡れた夜陰に押し付けられた。

「もう少し……うまくできたら、ご褒美をあげるわ」 「ごほうび……」  うっとりとした忘我の瞳で青年兵はつぶやいた。

「いままでに味わったことのない、すごぉい……気分にさせてあげる」

 ふぅっ、とメイは熱い吐息を胸にうずめられた男の顔に吹きかける。

 そして青年兵の手をとって、口元まで運び、 「ふあっ?!」 「あむ……ぴちゃっ、んっ」

 指をその深紅の唇に含み、口内でねぶりだした。

 神経のあつまった敏感な部分を、ぬめぬめとした舌で責め立てられ、かれはそれだけで達してしまいそうになる。

「ちゅっ……ほら、早く……」

 指を口に含まれながら催促され、青年兵はさきほどよりも激しく、丹念にメイの乳首に奉仕しはじめた。

「はぁん……そう、舌だけであたしを、もっと感じさせて……」

 メイはうっすらと頬を紅潮させながら、かれのもう片方の手もとった。

 そして、腰にからみつかせた両脚に力をこめる。 「んむっ?!」

 舌で奉仕をしていた青年兵の顔が、さらに女の双丘のなかへ深く沈んだ。

 しっとりとした柔肉が鼻孔をふさいで、かなり苦しかったが、かれは懸命にメイを悦ばせようと舌を動かす。

「そうそう、その調子よぉ……」

 腰にまわされたメイのカモシカのような脚が、ぎゅうぎゅうと肉に食い込んでくる。肉付きはしっかりとしているが、

男のものとは明らかに違う太ももの感触に、ズボンのなかはますますキツくなっていく。

「ぺろ……ふぉ、ふぉへへいいへふはっ?」

 顔の大半を乳房に埋めながらも、青年兵は“これでいいですか”と必死にメイの機嫌をうかがう。

 メイは色白の頬を上気させ、優しく微笑む。

 青年兵はこの上なく幸福な気分になった。

 シャツがまくりあがり、へそのあたりに直接メイの濡れた恥毛が感じられた。

「ほら、あと少し……」

 聖母のような笑みを浮かべて、メイは青年の身体を両脚でしっかりと抱え込む。 「うぐっ」

 一段と強くなった締め付けに、青年の喉から空気が漏れた。

 いつのまにか、かれの腕はメイの両脇にはさみこまれていた。

 もはや自分の意思とは関係なく、年上の娼婦の熟れた果実へと顔が沈んでいく。 「ぐ、くぅ……」

 目を白黒とさせ、青年はかすかに抗議の声をあげた。 「ふふっ……どうしたの? 舌、動いてないよ」

 メイの悪戯っぽい声が、じんじんとする耳鳴りの向こうからかすかに聞こえてくる。

彼女の体温と匂いが密着し、 青年は自分が女体のなかへと沈みこんでいくような錯覚をおこした。

「ふぐ、ぅぅぅ、くるし……」  たまらず、青年はメイの胸元から顔をあげようとした。

 しかし、 「だめだよ。もうすこしだけ、我慢すれば楽になるからね」

 メイはわきにぐっと力をこめ、青年の腕をはなさない。 「なっ……なんで……こんなことをっ?!」

 さすがに異常に気づいた青年兵が叫ぶ。  

しかしメイは平然とした表情で、かれを脚ではさみこんだまま答える。

「ん。ワインをぜんぶ飲まなかったのがいけなかったんだよ。

 そうすれば、もうちょっと楽な方法があったんだけど」 「どういう、意味……あ、ぎぃぃぃっ?!」

 みしみしっ!!

 からみついたメイの両脚が、青年の腰を容赦なくしぼりあげた。

「夢の中にいるみたいに気持ちよく天国にいけたのにさ……。

 でも、グラスに塗っておいた薬も多少は効いているみたいだし、そう痛みは感じないはずだから。我慢してね」

 メイはやれやれといった調子でいった。  ぎりぎりぎりぎりっ!!! 「くああああっ?!」

 しかし、からみつく脚の強い締め付けに、青年は苦悶の声をだした。

 メイを殴りつけて胴絞めから抜け出そうと、青年が腕に力をこめた。

 しかし、 「あ、ぎ、ううっ?!」 「ほらほら。いい子だから、暴れないで」  両腕はしっかりとメイのわきにはさみこまれたままだった。

 ワインに入っていたらしい“薬”のせいで力が入らない。

 それに、彼女のわきは万力のようにぎりぎりと青年の腕を拘束し、手の先が真っ白になっていた。 「ぐあ、は、はなせぇぇぇっ!!」

 顔を真っ赤にさせ、青年は大声で叫ぶ。

 必死に身をよじり、なんとか絡みついたメイの足を外そうとする。たとえ外せなくてもベッドから転げ落ちれば……!

「うわぁぁぁぁっ!!!」  裸婦の脚に挟みこまれながら、青年はベッドの上で無茶苦茶に暴れる。

 むっちりとした太ももで内臓をしぼりあげられ、視界がチカチカと点滅しだす。

 そのかすんだ視界の片隅、板張りの床の上に、メイに外されたサーベルと拳銃が見えた。

 しかし、メイはくびれた腰をしならせ、青年の動きを巧みにおさえこんでいく。

「あ、ああぁぁぁ……っ?!!」  青年の顔が絶望に歪む。

 まったく状況が理解できない。  なんでこんな目に?!

 ただ、メイの太ももだけが無情に。

 ぎりぎり、と。  わき腹を絞めあげていく。

 血流が止まる。  骨がきしむ。  息が、できなくなる。

 腰の感覚が、だんだんと消えていく。

 ***

 ミシ ミシ……っ  

身体の奥から骨がきしむ音がきこえだしていた。

「あ、かふ……ぐぅぅぅぅぅっ」  

青年は目をかっと見開き、ぜーぜーと肺に酸素を取りこもうとした。

 しかし、メイの脚にしめつけられた肺が奥でゴボゴボと鳴って、激しくせき込む。 「ひぃ……はぁ……な、んで……」  

窒息の苦しみと恐怖で、血走らせた目から青年はぼろぼろと涙をこぼしていた。 「なんで、ぼくが……っ、こんなっ……!!」  

涙目でメイをにらみつける。 「ん〜」  メイは軽く首をかしげた。新兵の若い殺意など蚊にさされたほどのこともないらしい。

 涼しげな顔で、しかし太ももとわきからは全く力をぬくことなく、青年兵を見返す。

「“なんで”って……。  じゃあ聞くけど、あんたたちはなんで、あたしの町を焼いたんだい?」

「な、なんの話だっ……」  ぐぐっ!!!  メイの太ももにさらに力がこめられた。 「ああああぎぃぃいっっ?!」

 青年兵が痛みで絶叫した。  しかしメイは涼しげな顔のまま、艶めかしくも発達した太ももで男の身体を絞めあげていく。

「……なんで、ニノを撃ったんだい?  あの子がパンを盗んだのは、あんたたちが町中から食料を接収したからだったのに」

 みきっ みきみきぃっっ!! 「痛い痛いいたいいたいーーーっ?!!  

知らないっ、ニノなんて子供……聞いたこともないぃぃっ!!」

「フィーネを殺したのは?  あんたたちは散々あの娘を犯していったじゃないか。あれ以上なにを奪う必要があったの?  ほら、答えてごらん」

「ぎゃぁぁぁぁっ!!! はなしてっ!! 許してぇぇぇぇっ!!!」

 青年兵はもはやメイをにらむ気力などなく、蜘蛛に捕らえられた虫のように、女の脚のあいだでバタバタともがくしかできない。

 ぎしぎしぎしぃぃっ……!

 あばら骨が、音をたてて軋みだした。 「あぎぃぃぃ、いぅぅぅぅっ?!!

 ぼくは関係ないっ、人を撃ったこともないんだよぉぉぉぉっ! だからっ、おねがいだから脚をほどいてっ……!!」

 それは本当だった。  かれは何度か前線を経験していたが、飛んでくる弾におびえて、塹壕のなかを逃げ回っていたのである。

 そんなこんなで一年をなんとかしのぎ、二等兵から昇格したわけだ。

 だが、泣き叫び暴れる青年兵を、メイは感情の読めない黒い瞳で見つめている。

 もちろん、脚にこめられた力は微塵もゆるまることはない。 「みんなを殺したのは、あんたたち。

 いつも、あんたたちは弱いものから平気な顔ですべてを奪い取っていく」

 こきん  かれの身体の奥で小さく、弾ける音がした。  

枯れ木の小枝を踏んだような、そんな軽い音だった。 「ぎゃああああぅぅぅぅっ?!!」

 青年兵は絶叫した。  

ズボンに、じわっ、と染みが広がる。

 激痛のあまりに失禁したのだ。 「だれかっ、だれかたすけてぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 一糸まとわぬ年上の女に太ももに挟まれながら、青年兵はわんわん泣きながら助けを求めていた。

「むだだよ」

 しかし、メイがあっさりと希望を打ち砕く。 「この館はどの部屋も壁が厚く出来ているのさ。

 だから、あんたも……聞こえなかっただろう? ほかの男たちの悲鳴がさ」 「ぅあっ?」

 涙と鼻水で顔をべたべたにした青年はすっとんきょうな声をあげた。

「こんな辺境で、商売ができるのはね……。

 ここが娼館だから、というだけじゃない。

 ちゃんとした、大きな雇い主がいるってわけ」

 メイは子供に諭すような口調だった。

「ここはね、その雇い主たちの軍隊専属の娼館で……。

 副業で、あんたたちみたいにノコノコやってきた他の国の兵士たちを始末してるんだよ」

「そ、ん……な……」

 青年兵は驚きのあまり、一瞬痛みを忘れて呟いた。

「あんたが兵士じゃなければ、生かしておいてあげたんだけどね……。

 でも、『無人地帯』にやってくるのは戦争屋ばかりだから、ね。

 ここで何百人もの男が消えていったよ。あんたも、そうなるってわけ」

 そういうメイの声には、かれへの同情の響きすらあった。 「あ、あ……」

 青年兵はなにかを言おうとしたが、言葉にならない。

「……諦めて、大人しくしなさい。  そうすれば楽に死ねるから」

 死?

 死ぬ?

 青年の頭のなかで“死”という言葉がぐるぐると輪になって回った。

 こんな、荒れた辺境で……。  

こんな、わけのわからない娼館で……。  

裸の女に、脚で絞め殺される?

 そんな、そんなこと……。 「嘘だっ……嘘だぁぁぁっ!!!」 「……」  

あまりに現実離れした状況に、かれの頭は逃避をはじめる。  

蛇のように巻きついたメイの引き締まった脚が、かれの腰をギュウギュウと絞めあげている。  

みりみりみりっ!!

 ジワジワと身体を蝕んでいく、痛み。  

残酷なまでに現実的な、苦痛。  自分は、死ぬ? 「いっ……」  

青年の喉がひきつった。 「いやだぁぁぁっ!! 放せぇぇぇっ!! 死にたくないいいっ!!!!」

 恐慌状態に陥った青年は、死に物狂いで暴れ出した。

 だがメイの脚は依然として、獲物をしめ殺すニシキヘビのように青年の腰にぴったりと絡みつき、放さない。

 ぎちぎちっ……!! 「あぎぃぃっ?!!! うわぁぁぁっ!!!」  

メイの両脇にはさまれた腕を、青年兵は必死に抜こうとした。

 しかしメイの二の腕に青い血管が、すぅっ、と浮き上がり、ますます堅固にかれの手首を拘束する。  

うっ血して紫色になった青年兵の腕とは対照的に、ぐっ、とよせてあげられたメイの椰子の実のような乳房が上気してほんのりと桜色に染められている。

 いやらしく変形したメイの乳房が青年兵が暴れるたびに、ぷるるん、と震えた。

「むだよ」

 メイは何の感情もこめずに言った。  蓮っ葉な口調でもなく、さきほどの責めるような口調でも、同情のこもったものでもない。

 ただ淡々と事実を述べている。

 そういった口調だった。 「ああああっ!! ぐ……ぅあ?」

 苦痛と恐怖で暴れていた青年兵も、思わず抵抗をやめてメイの顔を見た。

 漆黒の瞳が見返してくる。 「あたしの脚のあいだで……屈強で、歴戦の男たちが何十人も死んでいった。

 あんたのようなヒヨッコじゃ、抵抗するだけむだよ」

 そして、死の宣告が下される。

 

 新米の一等兵のかれにも、自分の身体をとらえているメイの両脚が死ぬまで外れることはないということを、本能的に理解できた。

 だが、 「いやだ……こんなこと……死にたくないっ……!」  

生への渇望はなによりも強かった。

 もはや青年兵の顔はチアノーゼで薄紫色になりはじめていたが、最後の力をふりしぼって、抵抗をする。

 ぐぐっ……

 みしっ ぼきぼきぃっ!!  しかし罠にかかったウサギが、暴れて余計に身を傷つけるように。

 青年兵が身をよじると、きつくしまった女の脚がかれの身体をさらに致命的に破壊していく。

「ぃああああっっ!!! 痛ぁぁぁっ?!!! やだぁぁぁぁぁっっ!!!!」

「暴れたら……余計に苦しいよ?」  メイはがっちりと捕らえた獲物を、哀しそうな瞳で見つめる。

 メイの弾力のある太ももが、男の筋肉を圧搾し、血管をぶちぶちとちぎっていく。圧力に耐えかねて折れたあばら骨が、内臓に突き刺さる。

 青年兵はあまりの痛みに反射的に身をよじった。

 突き刺さった骨が、ますます激しく内臓をこじった。それをメイの脚がさらに深くへ押しこんでいく。 「うぐ?! がふぅっ!」

 体内から燃えるように熱いものがせりあがった。

 喉が爆発した。

 真っ赤な血が、メイの柔肌にぶちまけられた。 「“血を流すのは男だけ”……んぅっ、覚えているかい?」

 青年兵の吐いた血の熱さに、メイの肌が敏感に反応していた。

 しっとりと汗がにじみ、彼女の媚肉がいやらしく光っている。 「ウチには、苦しめて殺すのが大好きな娘も結構いるんだよ。

 みんな、あんたら兵隊を憎んでいるからね」

「かはっ……ぐぅぅっ……あぎぃぃぃっ」

「でも、あたしはあんたみたいな若い子が死んでいくのは、正直……見ていられないんだよ」

 メイは心底からそう言った。  ぐぎっ!!  そのとき、青年兵の肋骨が砕けた。 「うぁぁぁぁぁーーーーーっ!!!」

 部屋中に悲鳴が響き渡る。 「だからいつも、苦しまないように殺してやるんだ。

 でも今日はちょっと手順が狂ってね。ごめんよ」

 ばたばたと暴れる青年兵をがっちりと食らいこみながら、メイはぽつりと呟いた。

「あんたも新米とはいえ、兵隊だ。  死ぬ覚悟はできているだろ。……すぐに楽にしてあげるから、我慢しておくれ」

「痛いぃぃっ……はぁはぁ……死にたくない……っ!

 兵隊なんて、軍なんてやめるから……あがぁぁぁっ!! 

……投降するからぁぁっ!! たすけてぇぇぇぇぇっ!!!!」  

青年兵は口の端から血のあぶくを吐きながら、

「ごほっごほっ! ……死にたくない……家に帰りたい……ぐぅっ!!

 ……助けて……おねがい、です……」

 すでに死相の表れた顔で、かすれていく声で命乞いを続けている。

 メイはなにも言わず、

 ぐぐぐぐっ……!!  

青年兵の苦痛を早く終わらせるために、持てる限りの力で絞めあげた。

「かはっ」

 のけぞった青年兵の喉で空気が破裂するような音がした。

 そして、がくん、とメイの身体の上に倒れこんだ。

 かれの顔を、メイの豊満な乳房が受け止めた。 「ふふっ……そう、なにもかもあたしに身を任せて……。

 すぐに、寝かしつけてあげるからね……?」

 母性的とも言えるほど柔和な声で、メイは青年兵に語りかける。

 青年兵はほとんど白目をむいて、ぴくぴくと痙攣していた。

 メイは汗もができるほどきつく固めていたわきから力をぬいた。

 血行が止まって、もはや真っ白になった青年兵の腕がだらんとシーツの上に落ちる。

「あたしの胸のなかで、ゆっくり眠って……。

 そうすれば、もう怖い思いも、痛い思いも、しなくていいからね」

 メイは、ぐっ、と青年兵の頭を抱え込む。女の柔肉のなかに、ずぶずぶとかれの顔が沈んでいった。

 青年兵の腰はありえないほど変形し、メイの恐るべき美脚が奥深く食い込んでいる。

 血が逆流したためか、はたまた他の原因か。

 青年兵の股間は、さきほどメイに誘惑されていたときよりも、硬く、巨大に膨らんでいた。

 激しい耳鳴り。

 空気のかわりに鼻腔に侵入してくる、熟れた牝の匂い。

 青年兵の意識はだんだんと混濁していき、過去へとさかのぼっていった。 「……ママ……」

 ふたつのたわわな乳房に埋もれた青年兵の口から、そんな単語が漏れた。 「ふふっ……」

 メイはかすかな笑い声をあげる。

 自分の身体のなかで、今まさに息絶えてゆく青年が、たまらなく愛おしく思えた。

 優しく頭をなでてやる。

 かすかに青年兵が反応した。 「んっ……」  

メイは青年兵の頭を抱えながら、かれの口を乳首に誘導していく。

 かれの唇がなでていったあとに、真っ赤な線がひとつ残った。 「ふぅぅ……んん、んちゅっ……」

 かれの唇がすぼまった。 「はぁ……ん……やっぱり、あんた、うまいよ……」

 こらえきれず、メイの喉から悦びの声が漏れた。  

青年兵は彼女の乳を吸い続けている。

 それは、かれの精神がすでに、何の不安もない幸福な時代へと退行していたせいだったのか。

 あるいは、ただ単に酸素を求める肉体の反射行動だったのかもしれない。

 しかし、かれの肺には折れた骨が何本も突き刺さり、さらにメイの太ももによってくびり壊されていた。 「ぅぅぅぅ……ぃぅぅぅっ……」

 胸の谷間から、奇妙な音が鳴りだしていた。

 メイにはすぐにわかった。

 彼女の肢体にからめとられた何十人もの男たちが最期の瞬間に発してきた、身体の奥底からの魂の叫び。

 だらん、とシーツの上に放り出された青年兵の手がびくんと動いた。

 指がシーツをぎゅっとつかみ、皺ができた。

 青年兵のズボンから、とろり、と乳白色の液体が滲みだした。 「いっぱい出しているみたいだね……お腹がふやけちゃいそうだよ」

 ザーメンが、メイのむきだしの腹に垂れていた。 「抱きながら、殺すといつもこうだよ。

 事前に空っけつになるまでヌいてやっても、必ずあたしの身体にたっぷりと出して死んでいくんだ……」  

死にゆく青年兵は全身を激しく痙攣させながら、絶え間なく射精していた。

「死ぬまえにさせてあげても、よかったけど」

「ひゅぅぅぅっ……ぁぁぁ……」  

かれの喉からはもはやかすれた、空気の流れる音しかでてこない。

「故郷の娘を裏切るようなマネさせたら、わるいからね……」  

メイは頭をなでながら、優しくささやいた。彼女の口調は本当にかれと娘を憐れんでいるようだった。

「……」  太ももにはさみこまれた青年は、もはや何の反応も示していなかった。

 ピンで留められた昆虫標本のように、かすかに指がピクピクと動いているだけだった。

 すっ……  ようやくメイは青年兵の身体に絡みつかせていた脚をほどいた。

 かれの身体は力なくベッドの上に放り出され、白眼を天井に向けている。

 口から鼻から、血があふれていた。

 かれの胸はかすかに動いていたが、ほとんど呼吸の呈をなしていない。

 腰の部分が異様なほど陥没しているのが、シャツの上からもわかる。

 怒張した性器が、今もなおズボンの生地を押し上げて、湧き水のように精を放っている。 「やれやれ……」

 メイはベッドに腰掛けるような姿勢で、たったいま男を完全に破壊した太ももをマッサージしていた。

 そして、青年兵の方を見ると、 「あんたみたいな若い子まで戦争に駆りだされる……嫌な世の中だねぇ」

 そのままかすかに痙攣するかれのあごをくすぐるようになでていたが、

 ぐきっ

 おもむろにあごに手をかけ、そのまま青年の頭をねじった。鶏をしめるような、慣れた手つきだった。

 びくん、と青年の身体が一度だけ大きく跳ねた。

 そして、二度と動かなくなる。

 ふぅ、とメイは短い髪をかきあげた。 「さてと、みんなもそろそろ済ませてる頃あいかしらね……」

 チェストから寝間着を取りだす。ゆったりとしたローブを素肌の上から軽く羽織った。

 メイはベッドの上に横たわる一等兵のもとにかがみこみ、愛しそうにかれの髪を手で梳いた。 「これで、もう殺し合いをしなくていいんだよ」  

そっと顔を寄せて、殺した男の頬に軽く口づけをする。 「おやすみなさい。

 さようなら。

 こんなところ、二度と来てはだめだよ」

 そして、かれの見開いたままの瞼を指で優しく閉じてやった。

 ***

「あ、女将。いま、呼びに行こうと思っていたのですけれど」  廊下に出ると、アナベルに声をかけられた。  

美しいブロンドの長髪をした娘だ。

 眼鏡をかけ、落ちついた物腰の彼女だったが、着こんだ黒革のボンデージがやけに不釣り合いに見える。

さらに手には宿帳を持っていて、それがまた妙なアクセントをアナベルに与えていた。

 だが、メイにとっては見慣れた格好であった。 「ん。じゃあ、いつもどおりに万事うまくやったようね」

 メイがたずねると、アナベルは宿帳を繰りながら頷いた。 「あ。でも、まだ一人だけ……」

 ばたんっ!  と、アナベルの言葉をさえぎるように、廊下の一室の扉が勢いよく音を立てて開いた。

「ちくしょうがぁぁぁっ!! なんなんだよ、このアマぁぁぁっ!!!」  

なかから下着だけ身につけた大男が獣のようにはい出してきた。首には細長いレースの布が巻きついている。

「ああ、もう、待ってよー」  後を追うようにして、やはり下着姿の浅黒い肌をした女が飛び出した。

 彼女の片手には、男の首から伸びたレースの端がにぎられている。  ぐぐっ!! 「ぐがっ!!」  

女が手首を返してレースを引っ張ると、馬が手綱を引かれたみたいに男の首が後ろにのけぞった。

「なになにっ?」 「どうしたのー」 「あんた、まだやってたのぉ?」

 騒ぎを聞きつけ、各部屋からあられもない格好をした娘たちがわらわらと出てきた。

「ぐぎぎぎぃぃっ……?!」  レースの紐で首を絞めあげられながら、半裸の男は驚きの声をあげた。

 かれを取り囲む女はその手に、包丁や錐や斧や、めいめい凶器をたずさえていた

なかには、鮮血のついた軍用のサーベルをもっている娘もいる。それは小隊の兵士たちに支給されていたものだった。

「ジニー……もうちょっと手際よく出来ないのかい?」 「あ、女将さん!

 すみませんっ、いろいろとめんどうくさい男で……」  

素足で男の頭を踏みにじり、レースで首を絞めあげながら、褐色の肌をした娘はメイの方を向いた。

「ぐええええっ!!!」 男がジニーの足もとでバタバタと暴れた。

「うるさい男ねー」 「ちょっとそっちの足をおさえておいて」 「はいはい……ああもうっ、暴れないでよぉ!」

 屈強な体格の男を下着姿の娘たちがよってたかって押さえつけている。

「あ〜、じゃあ、この剣でぇ〜……。  首を落としちゃいましょうか〜?」

 血のついたサーベルを持った娘がおっとりとした口調で聞いた。 「っ?! 〜〜っ!!!」

 窒息で顔を真っ赤にした男が、さらに必死の形相で暴れ出した。

 しかし、四方八方から娘たちの腕がからみつき、床に組み伏せられる。かれは牛のような唸り声をあげることしかできない。

「……廊下で刃傷沙汰はひかえなさい。あとで掃除が大変だ」

 メイは眉間を指でおさえながら、釘をさす。 「はぁ〜い」  娘は素直にサーベルを下ろした。

「ね〜、早くしてよ〜」 「こいつを押さえつけるのも疲れてきたわ。

 まるでさかりのついた馬みたい」 「ああ、じゃあエレナ。そっちのレースの端を持ってよ」

 傍で様子をみていた姫の一人にジニーが声をかけた。

「おーけー」  エレナと呼ばれた女は蛇のように地面にうねっていたレースの端をつかみ、 「せ〜の」 「よいしょっと」  二人の娘が、レースの紐に全体重をかける。

「うげぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」  くびりあげられた男の口から断末魔の叫びとともに、ふくれた舌が飛び出す。

 いよいよ男の抵抗は激しくなるが、半裸の娘たちがここぞとばかりに押さえつける。

 ジニーが踏みにじっている男の髪がぐしゃぐしゃになる。

 普段はストリップのダンスに用いているシルク製のレースが、きりきりと男の太い首に食い込んでいく。 「……げぶっ!!」

 つつー、と男の唇から真っ赤な血が流れたかと思うと、  がたんっ!!!

 男の額が床にしたたか打ちつけられた。

 床に小さな血だまりが広がっていく。

 ジニーとエレナはそれでも、一分ほど男の首を絞め続けた。  

完全に息が絶えたことを確認すると、

「おつかれさま。  じゃあみんな。十分後に着替えて、ホールに集合。  後始末にかかるからね。つかれてるだろうけど、もうひと踏ん張りだから」

 メイはぱんぱんと手を叩いた。

 廊下にたむろして談笑したり、戦利品を見せ合ったり、男の死体を笑いながら足で小突いたりしていた娘たちは“はーい”と答えると、

各々の部屋へと戻っていった。 「これで終わりのようね」

 やれやれ、とメイが一息つくと、 「いえ。さきほど“あと一人”といったのは、この男のことではないんです」

 ひとり残ってメイのそばに控えていたアナベルが、廊下に突っ伏したままの男の死骸を指さした。 「え?」

 メイは怪訝そうな顔で振り返った。 「じゃあ、だれなの」 「はい、覚えていますか。

 ひとりだけ、“見張り役”として館の表で待機させられていた新兵……」

「ああ。あの子かい。隊に入ってきたばかりの二等兵の」 「はい、その男です」 「ふぅん……」

 メイは指をあごにあてて少し考えてから、 「しょうがない。  あたしが行ってきて、さっさと始末してくるよ」

 大きく伸びをして、裸身にナイトローブだけの格好のまま歩きだす。

 新米の兵隊など銃で武装していようが関係ない。  

見張りの労いにと近づいていき、油断したところをひと思いに首の骨を折ってやることにしよう。うまくやれば、死んだことにも気づかないだろう。

 しかし、 「あ。いえ、その……」  

アナベルがまたさえぎった。 「? どうしたってのよ」 「じつは、その二等兵の相手は……」 「“相手”?」  

今夜の小隊は、見張りを含めて32人だった。

 一方、≪黒衣の寡婦≫亭の姫はメイを勘定に入れると31人。 「だれか二人いっぺんにやったのかい?」  

メイは眉をしかめた。

 そういった綱渡りのような真似はなるべく避けるように徹底していたのだった。

 男を骨抜きにし、丸裸にし、確実に殺す。

 そうやって≪黒衣の寡婦≫亭のベッドの上で、何百人もの兵士を屠ってきたのだ。 「違いますっ。その……」

 いつも冷静なアナベルにしては妙に歯切れが悪い。

 きぃ……  と、メイたちの近くの戸が静かに開いた。

 メイには嗅ぎ慣れた、血と精液のにおいが辺りにただよった。

 二人は開いた扉のほうに顔を向けた。 「メイ、アナベル」

 幼いが、少女のものにはそぐわない淡々とした声がした。  暗い部屋の中から、小さな影があらわれた。 「……ミラ?」  

メイは驚きの声をあげた。  そこに立っていたのは、裸体の少女だった。

 右手にナイフを握りしめ、左手はなにか赤いものを握っている。

「あんた、そんな恰好して……」

 ミラの裸体は、起伏のない雄雌の区別のつかない中性的な肉づきをしている。

 しかし、その起伏のない胸には一対の小さな蕾が、ツン、とかすかに屹立していた。

 少女らしいぷくりとしたお腹の下、まだ一本の毛もはえていない陰部から腿にかけて血が垂れて筋になっている。

「あんたが、あの二等兵の相手をしたっていうの?」

 メイは、もはや呆れたような口調だった。 「うん」

 ミラは屈託のない顔でうなずいた。

 彼女は戦災孤児であり、『無人地帯』をひとりさ迷っているところをメイに拾われた。

 ふだんは≪黒衣の寡婦≫亭で雑用係をつとめている。客を取るにしても、裏の仕事をさせるにしても、幼すぎて無理だとメイの勘定から外れていたのだが……。

「申し訳ありません。ミラがどうしても、というものですから……」

 隣でアナベルが頭を下げた。

「アナベルはわるくない。  

どうせころすなら、わたしの手でやりたかった」

 ミラは淡々とした口調だ。

 この少女は平生から、感情というものをあまり表にださないたちだった。

「……まあ、いつかはやることになるんだから、いいけどさ」  

ミラの幼い裸体は陰部だけでなく、全身血で真っ赤に染まっていた。

 処女を捧げた相手を、手にかけたというわけか……。 「やれやれ……」

 メイはため息をついた。  ≪黒衣の寡婦≫亭では最初にとる客を、娘に選ばせてやっている。

 娘が初めての相手を選ぶとき、かなりの強い意志がそこにはある。

 おさえきれないほどの憎悪か、あるいは慈悲にも似た愛情か。

 生来的なものか、それとも戦災孤児という生い立ちによるものか“恨み”や“怨念”といった強い感情の起伏を、ミラは持ち合わせていない。

 と、なると……。 「そういえばあの二等兵、あんたのこと、やけに気にかけていたわね。

 ミラも珍しく、話しこんでたみたいだけど……」

 ミラの桃色の唇が、ちいさく動いた。 「……!」

 メイは思わず息をのんだ。アナベルも予想外だったのか、理性的な瞳を滑稽なほど丸くしていた。

 ミラが笑った顔を、初めて見た。  なんて愛らしく笑える娘だったんだろう……。

「これ」  と、ミラはふたりの前に左手をさしだした。

 眼球と、萎れきった陰茎。

 血まみれの人間の残骸が、ちょこん、と少女の小さな手のひらに乗っていた。

「地下にあるビンとホルマリン、もらっていい?  わたしの部屋においておきたい」

 少女は男の肉片を大事そうに愛撫していた。 「……」  メイとアナベルは顔をみあわせた。

 そして部屋の方に視線をやって、 「……ほかの部分はどうするつもり。  墓でも作って埋葬するかい?」

 メイはミラにたずねた。

 普通であったら、身ぐるみをはぎ、家畜用の肉切り包丁でばらばらにしたあと、裏の小屋で飼育している豚たちに与えている。

それでも余ったら、荒野にばらまいておく。すると三十分もしないうちに、あとかともなくなっている。

「……」  ミラはすこし首をかしげてから、 「……いつもどおりで、いい。

 うめても、カラスやイヌにほりかえされるから、おなじ」 「そうだね」

 淡々とした口調のミラに、メイも特に感情をこめることなくうなずいた。  

ミラはこれでいうことは何もないと、くるりと背をむけ、裸のまま地下の方へ走っていった。

「……って、風邪ひくから、なんでもいいから羽織っておきなさいっ!」  

メイは走り去るミラの背中に叫んだ。 「やれやれ……今晩は変な晩だね」  ミラの後ろ姿を見送ると、メイは頭をかいた。

 そして、アナベルの方を向き、 「これで、もうぜんぶ終わりだね?」 「はい」

 アナベルが眼鏡を直しながら答えた。 「『リスニングルーム』にご案内した大将さんたちは?」

 ≪黒衣の寡婦≫亭には“聴聞室”という名を冠する部屋がいくつかある。  そこは厚いレンガで四方をおおわれ、天井から鎖のついた輪っかが垂れさがっている。

 三角木馬やそのほか奇妙な器械がごてごてと置かれた『リスニングルーム』は、表向きは猟奇な嗜好をもつ客のために用意されている。  

裏の目的にとっても、壁の厚い、拘束具や拷問具を備えつけた『リスニングルーム』はうってつけであった。

 そして今宵は、小隊の士官たちのために使われていたのである。  

メイの問いにアナベルは肩をすくめて、 「豚のように鳴き声をあげていますよ。

 ほんのちょっと肉をそぎ落としただけなのに、情けない話です」  

アナベルは『リスニングルーム』での拷問に長けていた。  

彼女が身にまとった黒革のボンデージには、専用の針やナイフが装着されている。 「ん、そう。  そっちは万事順調ってわけね」  

なんにせよ、彼らに叫ぶ気力が残っているのはいいことだった。  

こうやって搾りとった情報は顧客にそれなりに高く売れるのだ。 「ま、このまま任せるわ。

 そう大したことが聞き出せるとは思えないから、夜明けになったら全部処分しちゃっておいて。  

このまえみたいに4日も5日ももたせると、臭いとか残っていろいろと大変だから」 「はい」  

アナベルは一礼してから、『リスニングルーム』の方へと歩いていった。

 ォォォォォ……  ぃぃぃぃぃぃ……っ!!  

アナベルが『リスニングルーム』の厚い扉を開けると、人とも獣ともつかないうめき声が漏れてきた。  

しかし、それも戸が閉まるまでのこと。  

すぐに館は静寂をとりもどした。  

念のため、メイはすべての部屋を見て回った。  

そして、いつもどおり、すべてがつつがなく終わっていることを確認した。

 空が白々としはじめ、カラスがぎゃあぎゃあとさわぎだした。ひさしぶりの御馳走にありつけそうな予感からか、ふだんより騒がしい。

 掃除用のバケツを抱えたミラが扉を開けると、裏庭に赤く濁った水をぶちまけた。

カラスたちはいったんその場から飛びさったが、 すぐに塀にとまると真っ黒な瞳をぎらぎらと輝かせていた。

 無人の荒野に陽の光がさしだした。  

すると、屋敷の窓から灯が消えた。

 屋敷中が静まり返り、あたりに響くカラスの鳴き声だけがうるさい。

 ≪黒衣の寡婦≫亭は、つぎの営業時間まで、今ひとときの睡についたところだった。

 【終】

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