○屋根裏4

 

 ぼくは目を閉じている。

 しかし、まぶしくて、涙が出そうだ。

 赤い西日が輪っかになって、闇に浮いている。

「――はらさん――め、ですか?」

 ぼくは重いまぶたを、ゆっくりと開ける。ちりちりと、きつい西日に網膜が焼かれる。ぽろり、と熱い涙がこぼれた。

「お目覚めに、なられましたね」

 明城(あきしろ)先輩が優しい声が最初に聞こえた。窓から射す最後の西日を背にしているので、顔がよく見えない。

 

 きゅッ…… するっ

 

 おしげもなくさらしだした見事な肢体に後光が射して、一幅のルネサンス絵画のようで、きれいだ……。

 “落ちた”せいか、頭がぼうっとして、まだ夢のなかにいるみたい。

 

 きゅ…… ぎゅッ!

 

 腕が、足が、キリキリと痛む。

「もう少し、お待ちください……ね?」

 明城先輩が、ぼくの四肢に縄を巻きつけ、縛り上げている。

 先輩にとってぼくを縛る行為は、自身のはやる心を戒める意味を持っている。

 縛られていない状態のぼくでも、先輩はやすやすと組み伏せることはできる。

 しかし、暴れるぼくをおさえているうちにエスカレートして、うっかり殺さないように――縛る。

 つまり……これは、準備でありサイン。

 また、ぼくの首を絞め、犯すつもりだ。

 

 

ぼくが屋根裏にいる3つの理由 【7】

 

 

「これで、お終いです。

 ふふ、いつ見ても扇情的なお姿……。相原さんのおいどのくぼみ、ヒクヒク動いています」

 明城先輩がうっとりと頬に手を当てている。“女”根がビクビクと期待に震えて、先走りで亀頭の先を濡らしていた。

 ぼくは両足両手を縄でぎちぎちに縛られ、肛門を無防備にさらしだしている。皿に盛られたメインディッシュという格好だ。

「……」

「相原さん? そ、そんなに見つめられますと、私、恥ずかしいですわ」

 全裸のまま、明城先輩は頬をぽっと桜色に染めた。

 諦めの境地で、先輩を静かに見つめる。

 むだな抵抗をしても、いやぼくがもがけばもがくほど、先輩の獣心に火をつけてしまう。反応しなければ、先輩の凌辱もいつもより、すこしは軽くなるかも、しれないと……信じていたい。

「ハァハァ……そんなに、真剣なまなざしの相原さんに見つめられると、たぎりが、抑えきれません……っ」

 明城先輩は肌を上気させ、昂奮していた。

 だめだ。作戦失敗。

 このひとは、何の躊躇もなく、無抵抗な獲物の喉笛に食らいつく(さが)を持っている。

「相原さん……相原さぁんっ!」

 

 がばぁっ!!!

 

「せ、先輩っ! ちょっと待って」

 たまらずぼくの上にのしかかろうとした明城先輩を、すんでのところで制した。

「はい……ハァハァ、んんっ……なんでしょう」

 明城先輩は熱い吐息まじりに応えた。ぼくの肩を両手でおさえ、いつでもぼくの身体を奪うことのできる体勢だ。

「ちょ、ちょっとお話ししませんかっ?!」

「“お話”、ですか?」

 組み伏せ、上から見下ろしながら、明城先輩が首を傾げる。

「そ……そうですよ。もっと、お互いに愛をささやきあったり、イチャイチャしたりっ、そんな感じでいきましょうよ?!」

 ぼくは必死でつづける。

「ほら、ぼくたちは、恋人……どうしなんですから」

 縄で四肢を縛られたまま、ぼくはそう付け加えた。

「ああっ♪ それは、とても素敵ですっ」

 明城先輩は幸せそうに微笑み、

「ハァ……っ♪ それでは肌を重ねて、耳元で私の愛をささやいて――」

 顔を近づけてくる。

「そ、そうじゃなくてっ! もっと、軽い話題からです! たとえば、ほら、学校のこととかっ」

 首筋を明城先輩の艶めかしい舌でくすぐられ、声が震えていた。

「学校……?」

 舌を這わせるのをやめて、明城先輩がつぶやく。

「あの、相原さん?

それは、どういう意味でしょうか?」

 鼻と鼻がくっつくくらい近くなので、はっきりとわかる。何を云っているのかわからないと、明城先輩の目が語っていた。

「え? えっと……ぼくたち学生ですし、やっぱり学校の話題とかが、無難な話題というか……え?」

 明城先輩が悲しそうな顔をしている。

 あれ? なんだ、この、嫌な違和感……。

「ああ……相原さん」

 できの悪い子供を嘆く母親のような口調で、

「まだ、そんなことを、云われるんですね」

 明城先輩が云った。

 本当に、悲しそうな声。

 ぼくは上ずった声で、

「そ、“そんなこと”? どういう、意味ですかっ?!」

 背中に汗がにじむ。べっとりとした、嫌な汗だ。

「相原さん」

 ぼくの目を、その漆黒の瞳で、明城先輩は見つめながら、

 

「ここから出られると、本気で……お思いなのですか?」

 

 ささやくように、しかしはっきりと――云った。

「っ!

ぁ、ぅ、ぅぁ……?!」

言葉にならない悲鳴のような、わけのわからない声が出た。

 先輩の言葉を否定しないと……ぼくは、もう後戻りできない。

 後ろから刃物で追い立てられるように、ぼくは、必死で言葉を探す。

ちっぽけな嘘でもいいから。子供のいいわけでもいいから。せめて、自分をだませるくらいの、正気でいられるくらいの……そんな言葉を。

 だけど言葉になるのは、

「でっ、でも……だって、そんなこと……」

 意味のない、堂々めぐりだけ。

「……」

 明城先輩は黙って、ぼくを見下ろしている。

「あ……あ。ぼくは……」

 考えなかったわけじゃない。

 想像できなかったわけじゃない。

 明城先輩に拉致され、監禁されて……1週間? 2週間?

 犯されては絞め落とされる。凌辱の毎日のせいで、正確な日数は覚えていない。

 けれど……時が経ち、一時の熱狂から醒めれば、先輩も早まったことはしない。

 まだ、戻ることができる。あの何でもない日々に、引きかえせる。

 そう、思っていた。信じていた。

 信じて……いたかった。

 

「相原さんは、もうここから出られません」

 

 ぽつりと明城先輩が云った。

 心のどこかで、ぶつん、と何かが断ち切られる音がした。

「あ、う……でも……だって……だってっ?!」

「だって、ではありません」

 聞きわけのない子供を諭すように、優しい声音で明城先輩はぼくの頭をなでる。

 ふっ、と微笑を浮かべる先輩。どこか、悲しげ表情だ。

「悲しいです。相原さんが、まだそのようなことで、心を痛められているなんて……」

 こつん。明城先輩がおでこをくっつけてきた。

「あなたは私のことだけを、想って下されば……いいんですよ?

 もうなにも、思い悩まれることなんて、ないんです」

「ぁ、ぅ……」

 喉がひきつって、声にならない。

 やむことのない凌辱の日々が、残酷なまでにはっきりと宣言されて。

 それなのに、明城先輩の声は優しくて、伝わる体温は温かくて。

 頭のなかがぐちゃぐちゃになる。

「何にも囚われることなく……私のすべてを、受け入れて下さい」

 耳元でそっとささやかれる。

 ぞくぞくぅっ、とうなじに電流が走った。

 あれだけ酷い仕打ちを受けたのに、思わずうなずいてしまいそうになるくらいに、甘いささやきだった。

「ぁ、ああ……」

「――お答えください。はっきりと、お言葉にして……。

 相原さんは、私の愛を、受け入れてくれますね?」

 星のない夜空のような、漆黒の瞳。

あまり見つめていると、吸いこまれてしまいそうだ。

「あ、い……」

 唇が震える。

「い、やです……」

 なんとか、最後の気力をふりしぼって、声に出す。

 明城先輩のまぶたが、すっ、と閉じた。視線の呪縛が消える。

「いやなんですっ! こんなのっ!!

ぼくは、ぼくはっ! もう、いやだぁぁっ!!」

 ぼくは堰をきったように、思いの丈をぶちまけた。

 明城先輩は悲しそうに目をつむったままだ。

「相原さん……」

 逆らったら、また、明城先輩の血をたぎらせてしまう。

 理性はそう告げていたけれど……もう、限界だった。

「ひっく……もう、帰りたいっ。帰りたい……ぅぅっ」

 気がつくと、子供のように泣きわめいていた。

 明城先輩は身体の位置をかえ、ぼくの横で添い寝をするような姿勢になった。

「ひっく、えぐ……帰して、かえしてよぅ……」

「……」

 泣きながら、縄で縛られた四肢でいやいやしていると、横からそっと明城先輩に抱きしめられた。

「でも……どこに、お帰りになられるんですか?」

 優しい声でささやかれる。

「お帰りになる場所はもう、ありませんよ?」

 え?

 涙でぐしゃぐしゃの顔を、明城先輩の方に向ける。

「ひっく……それ……どういう、意味……」

「相原さんは、ご自分の意思で家出をされた。

ご家族の方も学校の皆さんも、そう思っていらっしゃいます」

「なっ、なんでっ?!」

 ぼくの失踪が事件となって、警察が介入してくる。それだけが、本当に、最後の望みだったのにっ! まさか、明城家が根回しをして、先輩をかばって……?!

「それは……」

 すこし云いにくそうに、明城先輩は眉をひそめた。

「とつぜん御髪を染められたり、クラスの方々とも疎遠になられたり……。

 相原さん……色々と噂の的になっていたようで、今回も突発的な家出ということで、処理されているんです」

 なっ?!

「そっそれはっ?! 先輩がっ! 先輩のせいでっ!!」

「え? 私は、そのような情報操作の類は、一切してはいませんが」

 明城先輩は困った顔で云った。

「そんな……バカなことが……そんな……」

 ぼくは呆然と天井を見上げた。

 まわりから見たら、ぼくは勝手に暴走したように見えていたんだろう。

学区きってのアイドルである明城先輩を冷たくあしらう様も、彼らからすれば、どうかしている行動にしか見えないだろう。

 先輩のことを拒否するためのデモンストレーションだった。それが、それがっ……結果的に自分の首をしめることになるなんて……。

 もう、涙もでない。

「相原さん?」

 明城先輩が声をかけてくる。心の底から、ぼくのことを心配している声音だった。

「……」

 このひとは、狡い計略などなしに、ぼくを逃げ場のない場所に追いこんでいく。

 そして自分の思うまま、欲するままに、その手でぼくを捕まえてしまった。

「その……ですから、もう周りの方も、相原さんのことを忘れはじめています。

 だれも、相原さんを探す人はいないんです」

「……」

「もう、あなたには、私しかいない……それが、事実です」

 ぎゅっ。腕に明城先輩の胸が押しつけられる。

「私も……もう、あなたしかいないんです」

 はぁ……と、熱い吐息が耳にかかった。蕩けそうなほど、くすぐったい。

 もう、このまま、身を任せてしまいたい。

 刹那の心地よさに、肛虐と絞虐の日々を忘れそうになる。自己破壊衝動にも似た、危険な衝動に駆られる。

 どうせ、もう、ぼくには、だれも味方なんていない――

 ……。

 ん?

「……“もう”?」

「?」

 気がつくと、牛の鳴きまねでもしているみたいな、間抜けな声をだしていた。

明城先輩は不思議そうにぼくを見つめている。

そんな中で、脳がものすごいスピードで、ある恐ろしい推論を組み立てていく。

 “私には、もう、あなたしかいない”。

さっき、先輩が云った言葉が頭の中で再生される。たしかに、そう、云っていた。

引っかかる表現だ。そう、その云い方は、まるで……?!

「あき、しろ、せんぱい」

 自分でもどうにもならないくらい、声が震えていた。

「もしかして――」

 心臓が、破裂しそうなほど、バクバクと音をたてている。

「……?」

 明城先輩は不思議そうな瞳をしている。どこにも悪意などない、まっすぐな目で見つめてくる。

それが……どうしようもないほど、怖い。

ぼくは、ごくんと唾を飲みこんでから、言葉を発した。

「――ぼくの前にも……。

先輩は、ぼく以外の人にも、こんなことをして……してきて……」

 最後まで云い切ることが、できない。

 “昔から、私は、人を好きになると……その人の魂まで、自分の手の中に収めたいと、思ってしまうんです”

 頭のなかで、明城先輩の言葉がリフレインしている。

 ぼくと会う前に、先輩が好きになった人がいたとする。

……彼らは、どんなことをされて、どういう結末をむかえたのだろう。

 

 “私には、もう、あなたしかいない”

 

 “もう、あなたしかいない”……!

 

「そ、そんな、意地悪……しないで下さい」

 明城先輩の声で、はっ、と正気に戻った。

先輩は傷ついたような顔で、

「ここまで……閉じ込めて、手元に置いてまで……私のものにしたいと想った男のひとは、相原さんが……初めてですからっ!」

 

 がばっ!

 

 またぼくを組み伏せた。熱いまなざしで、こちらをのぞきこんでくる。

「せっ先輩! 落ち着いて下さいっ」

 ぎりぎりっ……と肩に明城先輩の指が食いこんでくる。

「ハァ……ハァ……っ」

 昂奮した明城先輩の長い黒髪が、肩からこぼれている。肩で息をするたびに、毛先がぼくの耳をくすぐっていく。

「ぼくは、先輩がまるで、過去に好きになった人を、その、手に……かけたみたいなことを、云うからっ! それが気になっていただけですからっ!!」

 ぼくは必死でごまかした。

「え」

 すると、明城先輩が珍しい声をあげた。切れ長の瞳も丸くなっている。

「先輩?」

 明城先輩の目が少し泳いでいた。

 ……え。まさか。

「あ、その……」

 頬をかすかに朱に染めながら、明城先輩は口ごもっている。

 どんなことにもまっすぐな先輩が、おどおどしている。滅多にあることでは、ない。

「せ、せんぱい? まさか、ほっ本当に――」

 また、舌が回らなくなる。身体が、硬くなる。

「……」

 コクン。明城先輩が小さく、うなずいた。

 

 ……。

 

「――あれは、暑い夏の日の、ことでした」

 明城先輩が静かに語りはじめた。

「私はまだ、本当に小さくて、自分の身体がほかの人と違うことも――あまりわかっていなかったくらい、子供だったころの話です」

 ぼくは身じろぎもせず、明城先輩の告白を聞いている。

 もともと縄で動けないところに、横から先輩がかき抱くようにして、ぼくの身体を包みこんでいた。

「お父様やお兄様たちは……私のことを、明城家の汚点だと思ってらっしゃったのでしょう。

 私は人から隔離されて、育てられました」

 明城先輩は特に感情もこめず、淡々とつづける。

「そして、あの夏の日も。明城家が所有する山にある別荘に、訪れる人なんてない避暑地で、一夏過ごすことになっていました」

 さっ――と、透明な秋風が窓の隙間から吹き込み、レースのカーテンがかすかに揺れた。

「両親は仕事で別荘にはおいでになりませんでした。お兄様たちも学業やご交友のために、別荘には私と何人かの使用人だけ――孤独には慣れていました。自分が孤独だということも知らないくらい。

 書斎には古びた本がたくさん置いてありました。けれど、私にはまだ難しくて、挿絵のある本を探したり、図鑑を眺めたり……そんな穏やかで、内省的な日々でした。

 ただ、子供は飽き性ですから。書斎から野草や動物についての図鑑を一冊持ち出して、山のなかを探検しはじめるのに、それほど時間はかかりませんでした」

 添い寝して、明城先輩はおとぎ話でもするような調子で話している。

「始めのうちは、別荘の管理をなさっている方が、山道の歩き方を色々と教えて下さいました。

 慣れてきますと、だんだんと自信がつきます。ひとりきりで、冒険をしてみたくなったんです。

 孤独が好きだったわけではありません。しかし、明城の家というものが、なにか私にとって息苦しくなってきていて、“家の者に監視されている”ということに子供ながら反感を覚えていたのでしょう。

 やがて、私は書斎の窓からこっそりと抜け出し、勝手に山歩きをするようになっていました」

 ふぅ……と明城先輩が息をついた。

「あの日……大きな図鑑を片手に、もう片方には珍しい色のキノコを手にして、森を歩いていると、ふと、川のせせらぎが聞こえてきました。

 それに、ざぶん、ざぶん、という大きな石を投げこんだような水音が規則的に。

 私は誘われるように、音のする方へと歩いて行きました」

 ここで、明城先輩は少し言葉を切った。

「そこは、小さな滝壺になっていました。森がとつぜんとぎれて、夏の日差しが清流に反射して、目にまぶしいくらいでした。水は透明で、木から水面に落ちた枝葉が宙に浮いているかのようで、水底の石のひとつぶまで数えられるくらい。

 浮かぶ木の動きを見る限り、流れは決して急ではないようで、水の音もさらさらと澄んでいました。

 夏の光がまばゆくて、何度もまばたきをしていると、そこにまた、ざぶん、という大きな水音がしたんです。

 驚いて音のした方を見ると、そこには滝壺から男の子がひとり、顔を出していました」

 明城先輩は目をつむったまま云った。夏の川辺をまぶたの裏に見ているのかもしれない。

「水面から顔を出したまま、男の子は私のほうをじっと見ていました。

 私も、何も云わずに、彼を見つめていました。なにを云えばいいのか、わからなかったのです。

 “だれだ、おまえ”

 しばらく、見つめ合ったあと、男の子が声をかけてきました。

 私は何か云おうとしても、うまく言葉にできず、話題も思いつかず――同世代の子と話す機会などなかったもので――そのままうつむいてしまったんです。

 すると男の子は川から上がって……だれもいないと思っていたのでしょう。水着もつけず、生まれたままの姿だったんです。日焼けした肌の境目が、夏の輝きにはっきりと見分けられました。

川べりに放り出していた半ズボンを、濡れた身体のまま下着もはかずに身につけて、私の方へと近づいてきました」

 懐かしむように、明城先輩は小さく微笑んだ。

「それから……川辺で、長い時間を過ごしました。

 男の子も突然の闖入者に戸惑っていたようですが、なにも云えないでいる私に、色々と話しかけてくれて……いつのまにか、打ち解けて、ぽつぽつと私も自分のことを話しだしました。

 彼は地元の子で、夏休みは“ひみつの川”で飛び込みの練習をしていると教えてくれました。学校のプールで泳ぐよりも上達が早いんだそうです。

山は大人から入るなと云われているので、だれも来ないから、特訓には丁度いい。おどおどしている私に、男の子は楽しそうに話しかけてくれました。

 私も、途切れ途切れに、自分のことを話していました。持っていた図鑑とキノコを見せると、彼は興味深そうにのぞきこんできて……私はといえば、初めての子供らしい会話に身体が緊張で固まったままで。ふふっ。

 上半身はだかのままの男の子の肌は、とても健康的で、日焼けした肌は――とても、綺麗でした。肌についた水滴が、陽の光をきらきらと反射していて、自然と目が釘付けになっていました。

 私の膝のうえに乗せた図鑑を熱心に見つめる彼を――首のしなやかな線を見ていると、特に心臓が高鳴って、どうしようもありませんでした」

 うっとりとした明城先輩の目が、ぼくの首を見つめている。

 とつぜん冷や水をかけられたみたいに、背筋が寒くなった。

「図鑑にも飽きると、彼は私に、“飛びこむところを見せてやる”と云いました。

 そして滝壺の上まで走っていくと、ズボンを素早く脱いで、また裸になって、川へと入っていきました。

 川のなかほどにせり出した石の上で直立不動になると、

“それっ”。

力強く叫んで、滝壺の方へと飛び出します。

そのまま、身体がしなって一直線に水面へと――ざぶん、と音を立て、消えました」

 明城先輩は口を閉ざした。

 屋根裏部屋から、一瞬、音が消えた。

「しばらく……彼は、姿を見せませんでした。

 私はおろおろと、滝壺のほうを見つめることしかできなくて、でも透明な水面もそこだけは泡立って、底が見えないんです。

 実際は、30秒くらいの出来事だったのでしょうけれど、私にはいままでのことはぜんぶ幻で、また森のなかでひとりきりになってしまったのかと思ってしまうほど、長い時間でした。

 と、流れが滝になっているところから少し離れた水面に、小さな泡が浮かんで、彼が顔を出しました。

 得意そうな笑顔で、安堵してへたれこんでいる私を見ていました」

 くす。明城先輩は小さな笑い声をもらす。

「ふくれる私をなだめるように、そのあと、彼は何度も飛びこみを見せてくれたんです。

 最初の戸惑いはどこかへ消えて、私はそれを熱心に見守っていました。ざぶん、と水しぶきがあがるたびに拍手をして――。

とても、楽しい時間でした。

 そして、水に遊ぶ彼の姿は……今まで見たことないくらい美しくて、いつのまにか羨ましいとさえ思うようになっていました。

 “私もやってみたいです”

 勇気を出して、彼に云ってみました。

 “女にはむりだよ”

 水面から顔を出して、彼は答えました。

 ……男と女の違いについて、当時の年齢を差し引いても、私はあまりにも無知だったのです。彼の云っていることがよくわかりませんでした。ただ、初めて知り合った同世代の子に否定されて、たいへん悲しいと思ったことをよく覚えています。

私はむきになってしまって。上流に向かって走っていって、着ていたワンピースと下着を一息に脱いでしまいました。

ふふっ……いくら私有地のなか、子供のこととはいえ、大胆な真似をしたものです」

「……」

 シーツのなかで寝物語をする明城先輩は、さきほどから生まれた姿のままだ。その隣には縄で縛られた全裸の男がいるわけだ。

 色々と云いたいことがあったけど、話の邪魔をしたら先輩に何をされるかわからないし、つづきも……気になる。非常に、嫌な予感するけれど。

「川の流れは緩やかでしたけれど、滝になっているところはさすがに急で、足をとられないように気をつけて、飛びこみ台の石まで歩いて行きました。

 飛び石から下をのぞくと、思っていたよりずっと高くて、足がすくんでしまって……。でも、滝壺からすこしはなれた水面から顔を出している彼の顔を見ると、また勇気が湧いてきたんです。

石の上にはいくつか彼の足跡が残っていたので、それを踏切の目安にして、勢いよく石を蹴りました。彼の胸へと飛びこむくらいの気持ちで、思いっきり。

――ざぶん。

気がつくと水のなか。まわりの音が遠くなって、上から落ちてくる水流に頭を押さえつけられているような感覚……慣れていない私は、すっかり慌ててしまいました。

気がつくと、彼に腕を取られて、浅瀬まで運ばれていました」

 明城先輩が、また、語るのをやめた。

 いままでの先輩の話。いかにも子供らしい、まぶしくて、微笑ましい夏のエピソードだ。

でも。なにか、ねっとりとからみつくような“何か”がすぐそこまで迫っているような。そんな禍々しい予感があった。

これ以上、話を聞くのが……怖い。

遠い目で天井を見ている先輩に、続きをうながすことができなかった。

 身じろぎもできずに黙っていると、先輩が口を開いた。

“ありがとう”……私は、ただ、そう云いたかっただけだったんです。

 私たちは一糸まとわぬ姿のまま、水に濡れた身体を抱き合っていました。

お礼を云おうとすると、彼はとつぜん身をふりほどいて、私から離れました。

 私はなにも、云えなくなりました。

彼の顔が、いかにも田舎の男の子らしい、純朴で愛らしい顔が……形容しがたい奇妙な表情になっていたんです。

 ――目は、じっ、と私の隠し所を見つめていました」

 明城先輩が、どんな表情をしているのか。ぼくにはわからない。

 首筋に先輩の息がかかる。先輩は、僕の肩に顔をうずめていた。

「……“気持ち悪い”

 土地の言葉だったので、少し違った表現だったかもしれません。

 でも、はっきりと嫌悪感をこめて。

 彼は、わたしの身体を見つめて、そう云いました」

「……」

「私は意味がわからず、彼にたずねようとしました。

 でも、彼は私の手を払いのけて、後ずさりをしたんです。

 “なんだよ、それ”

 わたしの秘所から垂れている“モノ”を指さして、彼は心底気持ち悪そうな目をしていました。

 本当に、私は意味がわからなかったんです。なぜ、同じものがついているのに、彼はそんなに奇妙なものを見るような目をしているのか。

 混乱して、その場に立ちつくしていると、

“ばけもの女”

そう云って、彼は駆け出したんです」

 淡々と明城先輩は語る。先輩の息がかかって、首筋がむずむずする。

「彼が走りだすと、私も弾かれたように後を追っていました。

 彼も私も、靴もはかずに裸のままで、小石だらけの川辺を走っていました。

 足がたいへん痛みました。でも、彼は獣にでも追われているかのように、必死で逃げるので……私も必死で追いかけました。

 どうして逃げるのか――理由を聴きたかった、のでしょうか?

自分でもよく、わかりません。

 ただ、初めての友人だと思っていた男の子と……わけのわからないまま別れるのは、嫌でした」

 ぽつりと明城先輩が云った。

「追いかけっこをしているうちに、いつのまにか私たちは川に入っていました。

 浅瀬を彼は大きく音を立てながら、逃げていきます。でも、流れに足をとられて、バランスを崩してしまって……。

そこを、私は後ろから飛びついて、川のなかへ押し倒しました」

「……?!」

「私の下で、彼はとても暴れました。

 だから、彼の髪の毛をつかんで、何度も何度も顔を水のなかへおさえつけることにしたんです。

 仰向けの彼の上に馬乗りになる姿勢でしたので、鼻から水が入ったのでしょう。彼は咳きこむと、今まで以上の力で私を押しのけようと……暴れて……っ」

 首筋にかかる明城先輩の息が、熱く湿り気のあるものに変わっている。

「私は、彼の首を、押さえつけました。水で濡れた男の子の肌は、とてもすべすべで肌ざわりが良くて……つい、力をこもっていたんです。

 彼は声をあげていました。

今まで、私が聞いたことのないような、魂を震わせるような――そんな声を」

「?! ぅ……ぅぅーーっ!」

 苦しい。

 ぼくの胸にまわされた明城先輩の腕に力がこもっていた。

 声をあげたが、熱に浮かされたような瞳の先輩は、ぼくを抱くのをやめない。

「暴れる力が弱くなったところで、首から手をはなし、私は彼の身体を引きずっていきました。

 流れの緩やかなところまで来ると、また逃げ出そうとするので、私は彼を殴りました。よろめいたところで、髪をつかんで引き倒し、川の飛び石に彼の額を打ちつけたんです。

がん、がん、がん……湿った鈍い音。

痙攣する、小麦色に焼けたうなじ……。

 清流に真赤な血が糸のように引いている光景……今でも鮮明に思い出せます」

 

 どくんっ どくんっ どくんっ……!

 

 ぼくの腿に押しつけられた、明城先輩の陰茎が激しく脈打ち、硬くなっている。

「大人しくなった彼を裏返して、また馬乗りになりました。

 そして、首を絞めて、もっと声を聴かせてもらいました。

 川のなかへ顔を沈めて首を絞めると、声は聞こえなくなります。けれど口から鼻から気泡が上って、ゆっくりと静かに表情が変わっていくんです。彼の愛らしい表情が、夏の光を反射する清流のなかに見えると、胸が高鳴って……ハァ……んっ……。

 もう……彼が逃げ出したことなんて、どうでもよくなっていました」

 明城先輩はうっとりとした声で、恐ろしい独白を続けている。

 ガタガタ震える体を、しっかりと抱きしめられている。身動きできないぼくの頭のなかに、映画の一シーンのような、鮮明な映像が浮かびあがっていた。

 それは、森を流れる川の光景だ。

 蝉の声がする。川のせせらぎも聞こえる。

 そして。水面を叩く、ばしゃばしゃという音。

 川のなかで、戯れる二人の少年少女。二人とも、なにも身に付けていない。そのみずみずしい肌に、水滴が玉のように吸いついて、夏の光をきらきらと反射している。

 長い黒髪の少女は、頬を染めて、日焼けした少年の上にまたがっている。

 少女は、昂奮しているのか、息が荒い。そして、少女の下で暴れる少年は、必死な形相で、水面を乱していた。

 その小麦色に焼けた健康的な肌といい、少年はいかにも活発そうで、生命に満ちあふれた身体をしている。しかし、可憐な少女にのしかかられ、川のなかで溺れかけていた。躍動感にあふれる少年の身体も、上に乗っている少女を振り落とすことだけは、どうしてもできない。

 柔い少女の肢体が、暴れる少年を完全に押さえこんでいる。

 小さな人形のような手が、まだ喉仏のない少年の首をぎゅうぎゅうと絞めている。

 少年の身体から、急速に、生命が失われていく。

 ぴくぴくと死にかけの蝉のように痙攣する、少年の身体。まだ自慰も知らないようなちっちゃくて皮のかむったペニスが、ぴん、と立っている。種の保存本能が、少年の未熟な身体にも眠っていたのだろう。

 一方、少女の股間からも、巨大な肉棒がそそり立っている。本来、ありうるはずのない、すらりとした少女の肢体にはあまりにもアンバランスな存在。

 少女のペニスは、哀れな小さな犠牲者への征服感からか、天にむかってその存在を誇示して、もはや虚ろになった少年の目の前で勃起して――

 

「気がつくと、私は彼を絞め殺していました」

 

 ……。

 

「え」

 あまりにも、あっさりと。

 明城先輩は禁断の言葉を口にした。

「彼の口から気泡が上がることもなくなって、ずいぶん経ってからのことでした。

透明な水のなかに沈んだ彼の身体は、ぐんにゃりとして、川の流れにかすかにゆらめいていたんです。

 あまりにも力をこめていたので、首に食いこんだ指を外すのに、とても苦心したのを覚えています。指の感覚が、しばらくはありませんでした」

 ぼくの身体には、相変わらず明城先輩の腕が回っていて、肌には爪が食いこんでいる。そのまま、身を引き裂かれそうなほど強く、ぼくの肉の奥までギリギリと。

「夏の太陽のせいでしょうか。頭が、ぼうっ、として……夢のなかにいるみたいでした。

彼の身体を川から引き上げて、肩をゆすって、胸に耳を当てて、ようやく死んでいると、はっきりわかったんです。

私は長いあいだ、彼の亡骸を見つめたり、さすったりして過ごしました。

彼の秘所も、はじめて、じっと観察することができたんです。しぼんで、小さくなっていたものを、私はひっぱってみたり、肌触りを確かめたりしてみました。

たしかに、彼の身体が私とは違っていたことが、わかりました。

陽も沈みかけていたので、名残惜しかったのですけれど、彼を残して私は着替えて、別荘に戻りました」

 ハァ……と、明城先輩は大きくため息をついた。

「その夜、お父様の側近の方が別荘にいらっしゃって……私は家に連れ戻されました。

 子供ながらにも、川での一件のせいだとわかっていました。別荘に同行されていた方々も、お父様の部下の方も優秀でしたから。私の秘密など……すぐに知れてしまったんです。

 これでまた、家から出ることができなくなったというわけです。

 明城家の世間体というものもありましたので、義務教育として、学校には通えましたけれど。

今の学校とはだいぶ違う、閉鎖的で、少人数のところでした。それも、色々と理由を作って、月に半分しか通わせてもらえませんでした。……私が、また不始末を犯しかねないと、お父様たちも危惧していたのでしょうね」

 ふふっ。小さく、明城先輩が笑う。

「それでも、同じ年頃の学友と日々を過ごせるだけで、それだけで……幸せでした。

 ……。

心には、あの夏の川原でのひとときがかがり火のように残って、ふとすると私の胸を焦がすことがありました。けれど、いくら年端もいかない子供とはいえ、私のしたことが社会では許されざることなのは、承知していました。

……本当に理解しているかと問われますと、自信をもって答えることは……今でも、できないのですけれど」

困ったような声で、明城先輩が云う。

「でも、幸いにもその衝動は抑えることができていました。

 私には学友がいました。色々と事情を持った、名のある方々のご令嬢たちです。

 詳しい事情は語りませんでしたが、互いに共感しあって……植物のようにひそやかに、おだやかな毎日を過ごさせていただきました。私も、それでいいと思っていたんです」

「……」

「月の半分は、私専用の離れで一人暮らしていました。

 家から出ないかぎり、お父様は私に何でも与えてくださいました。いい匂いのする花壇も、革の香りのする文庫も。頼めば、通いの学業や武道の先生も……。

 もう夢中で鍛錬や勉学に励みました。学校以外で、人と会える数少ない機会でしたから。

 そのようにして何年かが、静かに、内省的に過ぎていったんです」

 静かな屋根裏部屋に、明城先輩の涼やかな声だけが響いている。

 背筋が、またひやりとした。

 四肢を縛られ、話を聴くことしかできないぼくは、その穏やかな声の底に、ふたたび禍々しいものを感じていたからだ。

「――そしてあの日。新しい先生が、いらっしゃいました。

 私は無作法にも、ご挨拶の言葉も口にすることも、できませんでした。目を合わせるのも恥ずかしくて、ずっとうつむいていて……“彼”以来、感じたことのない胸の高鳴りで、顔が真っ赤になっていたんです」

「……」

 耳の奥がキーンとしている。

 これ以上、明城先輩の言葉を聞いてはいけないと、耳鳴りが伝えている。

 でも、耳もふさぐこともできない。

 腕に縄が食いこむ。全身を先輩の肢体がしっかりと抱きしめて、はなさない。

「新しい先生は、とある大学の院生の方でした。お父様が運営している奨学金を受給されている関係から、私の家庭教師を引き受けていただいたのだそうです。

 今までの先生は、年配の方でしたり、女性の方がほとんどでしたので……私はとても当惑してしまいました。

 うつむく私に、先生は優しく微笑んで、丁寧に自己紹介をなさいました。子供の私に対して、紳士が淑女を相手する礼法で接してくださって……とても嬉しかったのですけれど、ますます何も云えなくなって、たいへん先生を困らせてしまいました」

 懐かしそうな声の明城先輩に、そっと頬をなでられた。びくり、と身体が震える。

「ふふっ。一目見て、優しそうな人だと思いました。

 そう……相原さんの背を高くして、眼鏡をかけたら、先生にそっくりです。

 私、先生や相原さんのようなお顔に、弱いのかもしれません」

「……っ」

 それで……“ぼくに似た先生”は、今どうしているんですか?

 非常に気になったけど、怖くて、どうしても聞く勇気がない。

「私は、先生に一目惚れしてしまったんです」

 ぼくの葛藤などよそに、明城先輩は先を続ける。

「細かいことは省かせていただきます。

二月ほど先生に勉強を見てもらっている内に、私はもう先生のことしか考えられなくなっていました。

でも、先生は大人の男性で、婚約者もいらっしゃるという話も……勉強の合間の雑談で、楽しげにされていたんです。

……私に勝ち目はありません。まだ小さくて、胸もふくらみかけたばかりの子供で……しかも、女でも男でもない、この呪われた身体です。

私は幼い恋心を胸のなかに秘めたままで……心に棘が刺さったまま、好きな人と会う、つらい片想いを……していました」

 少し口ごもる明城先輩。

 つらい思い出によるものか、それとも“恋人”のぼくに遠慮をしているのか。

「――いつものように、私の部屋で、二人きりで勉強を教えていただいていると、とつぜん先生が、

“なにか、悩んでいることでもあるのかな”

 そう、云われました。

 ぎゅっ、と心臓がわし掴みにされた気分でした。

 寝つけない夜がつづいていて、先生はそれを心配なさってくれたのでしょう。

 ですが、それは、私にとって辛い質問でした。誰にも話せない秘密を、もっとも知ってほしくない方から聞かれているのですから。

 初めは誤魔化していましたが、私はついに口にしてしまっていたんです。

 “先生のことが、好きです”

 ――口にしてしまうと、もう衝動を止めることができませんでした。

 そのまま、先生に抱きついてしまっていました。

 先生は優しく、私を受け止めてくださいました。

 “知っていたよ”

 そう、耳元でささやかれて、そっと、私から身を引かれて……

 “君の気持は嬉しい。でも、僕と君は年が離れすぎている。それに、僕には将来を誓ったひとがいるんだ。だから、君の想いを受け入れることができない”

 いつものように優しい声で、しかし毅然と、まっすぐに、云われました」

「く、ぁぁっ?!」

 また、ぼくを抱く明城先輩の力が強くなっていた。

“年が離れていては、恋はできないのでしょうか?”

 私は聴きました。

 “君はまだ小さい。体だけじゃない、見えている世界も。大きくなれば、本当に君にふさわしい男がだれなのか、きっとわかる時が来る”

 私は首を振りました。

 “でも、私は今っ、先生に恋をしているんです”

 “君にはまだたくさんの未来がある。今の気持ちが嘘だとは云わないよ。でも、大きくなれば、わかる時が来る”。

 先生はこうもおっしゃいました。

“それに君が大きくなれば、きっと運命の相手も、君のことを放っておくような馬鹿な真似はしないはずだよ”……と

先生はおっしゃっていたことは、正しかったのだと、今ではよくわかります。

そうですよね……相原さん?」

「……」

 どういう――意味でしょうか? 明城先輩。

 ぼくは沈黙で答えた。

 くすっ……。小さく笑い声をもらし、先輩は話を続ける。

「でも、あのときの私には、納得できませんでした。

 “大きくなれば……”

 先生の言葉を繰り返して、下をうつむいていました。

 すると先生は私の頭を優しくなでて下さって……先生の手は大きくて、温かくて……恋している相手に子供としてしか扱われず、とても、歯がゆくて……。

 私は頭をなでられながら、聞きました。

 “大人でないと、先生を愛することができませんか……?”

 先生は何か答えようと、口を開かれたのですが――答えを聞くことは、できませんでした」

 明城先輩は一呼吸置いて、

 

「手を伸ばして、首を絞めていました」

 

 淡々と云った。

「っ!」

「武道の先生に教わった通り、頸動脈を押さえると、先生の身体から力が抜けました。次の瞬間には、私の腕のなかに、先生がいました。

大人の男のひとは、支えるには重かったのですが、私はしっかりと抱きしめて先生の体温を感じて――」

 明城先輩の声に熱がこもっている。

 抱きしめる腕に、しっとりとした汗の玉がうかび、ぼくの肌にしみこんでいく。

「大人の子供の違い……。

 それは、よくわからなかったのですけれど、先生は私の腕のなかにいる。

 私が子供だとしても、大人の先生をこの手で、想うままに、愛するままに、何でもできる。

 小さな私にとっては――それだけが真実でした。

 私はゆっくりと先生を絨毯の上に寝かせて、朝も夜も、夢想していたことを……実行しました」

 そこで、明城先輩は口をつぐんだ。

 そして、時が過ぎる。

 横目で恐る恐る先輩を見る。先輩はぼくの腕を胸にはさみ、ぎゅっと抱きしめたまま、目を閉じている。昔を想っているのだろうか。

 屋根裏部屋は物音ひとつしない。

 静寂で、耳が痛い。

「……ぁ」

 沈黙に耐えかね、ぼくは恐る恐る口を開いた。

「なにを……したんですか?」

「……」

 明城先輩の長いまつげが、かすかに揺れた。

「せ、先輩?」

 ゆっくりと明城先輩が口を開く。

「……続きを、お聴きになりたいですか?」

 聞きたくない。

 なにも聞きたくない。

 でも、この生殺しのような状況も、耐えられない。

「ふふっ」

 耳に熱い息がかかる。

「まずは、失神している先生の襟もとを緩めることから、始めました。

 ネクタイをほどくのに、ふふっ、そのようなことは教えていただかなかったので、とても苦心した記憶があります。シャツのボタンを外しているとき、緊張で手が震えていました。

 鎖骨や首筋が見えたとき……ハァ……感動すら覚えて、無意識の内に、先生の肌を愛撫していました。

 首を指でなぞっていると、膨らみにぶつかりました。

 幼いころの、“あの記憶”とは違った感触に、私は円を描くようにして、しきりに指をうごかして、喉をくすぐっていました。

 大人の男性だけが持つ、アダムの林檎の感触に、私は夢中でした」

 うっとりとした口調で話しながら、明城先輩はぼくの喉に指を這わせている。

 喉仏を、すらりと伸びた指先で、ねっとりと犯されていく。

「う、ぁぁ、あっ?!」

 声が漏れた。

「あぁ……♪ そうです。先生も、相原さんのような声をあげられました。

 息を吹き返して、上下にうごく喉を見ていると、私はもう我慢できませんでした。

 男のひとの首の感触……あの、甘美な記憶を確かめるために、先生の首に手をかけ、力をこめました」

「ひ……あぁ」

 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。

 ――逃げ出したい!

 ぼくの腕は縄でぐるぐる巻きにされて、感覚が、なくなっていた。

 喉にかかった明城先輩の指が、蜘蛛のように細かく動いて、皮膚を刺激する。

「大きく開いた先生の目に、私が映っていました。

 “先生、好きです”

 もう一度、はっきりと云いました。

 けれど、先生は私を突き飛ばして……こけつまろびつ、扉の方へと駆けだして、しまわれました」

 明城先輩の眉が悲しそうにゆがむ。

「私は無我夢中で、先生の脚にすがりつきました。

 バランスを崩して、先生は倒れたので……そのまま、足くびを極めていました。どんなことをしても、手放したくなかったんです。

 先生があげた悲鳴……今でも覚えています。先生の初めて聴く声に、身が震えました。

もっと、声が聴きたくて。

先生の足を力の限り、捻じ曲げていました。

 子供の力でも、身体の構造を知ってさえいれば、靭帯を断裂させることくらいはできます。先生が暴れられるので、とても難しかったのですが……片足を壊してしまえば、あとは楽でした。

 這うようにして進む先生の上に乗り、残りの足を壊しました。

先生が大人しくしてくだされば、そこまではしなかったのですけれど……」

 明城先輩の声はやはり悲しそうな調子だった。

「落ち着いてくださいと云ったのですが……先生は私の言葉をお聴きになりませんでした。

 ですから腕も、折らせていただくしかありませんでした。

 これは足を壊すよりもたいへんな作業で、顔や腕にすり傷を幾つも作ってしまいました。ワンピースも生地がほつれて破れて、動きづらかったので、もう脱ぐしかありません。下着からはみ出してしまっていたので、私の呪わしい身体を先生にお見せするのは、嫌だったのですけれど……。

 手が届かない場所から、曲った足を踏みつけたり、金的を蹴ったりすると、先生も大人しくなってくれました。そして、私は全身で先生の腕を包んで、力の限り捻じ曲げたんです。

 肩を外して一回転させると、先生はまた気を失われてしまったので、気つけのために、無事なほうの手を取って、親指を折らせて頂きました」

 こともなげに、他愛もない昔話でもするように、明城先輩は云った。

「……」

 年端もいかない少女があられもない姿で、男の身体を無邪気に破壊している様子が、脳裏に浮かぶ。

 下着姿の少女は、暴れる男の腕を愛おしそうにかき抱き、そのままぐっと力をこめる。

 男は激痛にのたうちまわり、悲鳴をあげるが、少女は頬を紅潮させ、コアラのように腕にしがみついたままだ。

 しなやかな少女の肢体が反ると、男の腕からミシミシと音がする。

 男が絶叫する。

 少女は、恋する瞳のまま、何の躊躇もなく、男の腕を破壊する――。

やけにリアルに、想像できた。

「先生の上に馬乗りになると、私はキスをして、もう一度、“好きです”と云いました。

 しかし、先生は色々と言葉を並べて、私の愛を拒否したんです。

“もう、やめるんだ”“冷静になるんだ”

何度も、先生は私を止めていました。

でも、私の聴きたい言葉は、そんなものではありません。

それで、首を絞めると、先生はまた、あの甘美な声を聴かせて下さいました」

 じっとりと、ぼくの腿の辺りが濡れている。

 しっかりと押しつけられた明城先輩の陰茎が、先走りの汁を流しはじめていた。

「先生の声が途切れる度に、私は指を折っていきました。

 中指を折ったときには、私の女の部分が露を垂らして、男の部分が痛いくらいに硬くなっていて……ハァっ……ですから、下着を脱いで、片手で先生の首を絞めながら、自分で火照る身体を慰めていたんです……っ」

 熱に浮かされたような声をあげながら、明城先輩はゆっくりと腰を動かしている。

 ぬるぬるとした感触。

 熱い亀頭が、肌に押しつけられ、汁を塗りたくっていく。

「ぎこちない手つきで男の部分を扱きながら、私は初めて、達しました。

 初めて放った精が、先生の真赤になった顔に落ちて……汚して……。

 喉仏を指で潰しているだけで、女の部分は、露を絶え間なく、流していたんですっ」

「ひ、あ、ああ」

「ハァハァ……どうしたんですか、相原さん? 顔が真っ青ですよ。

 まるで、ああっ……あのときの先生みたい、ですっ。

 先生、もうほとんど、声をあげられなくて、真っ白な顔で……っ。

 薬指を折っても、小指を折っても、ほとんど反応して下さらなくて……んんっ!」

 

 びゅぶぶっ……びちゃっ!

 

 お腹のあたりにぬるぬるとした、湿った感触。

 ついに、明城先輩の怒張が限界を迎えたらしい。

 先輩はしきりに熱い湿った吐息をしていたが、ぼくの身体に白濁をぶっかけて、多少は落ち着いたらしい。また、話し始める。

「はぁ……はぁ……そして、両手を首にかけて、力のかぎり絞めたとき……先生は、かすれた声で、言葉を発したんです。

 女のひとの、名前でした。きっと、婚約している方の名だったのでしょう。

 とても……悲しくなりました。

最後の瞬間には、私の名前を……呼んでほしかったのに」

 明城先輩は、

「――これが、私の初恋です」

 大きく息をついた。

「あとのことは……特にお話するようなものではありません。

 お父様は、数人の世話係とこの家を私に与えて、もう二度と会うことはない、と云われました。あれから、一度も会っていません。勘当されなかっただけでも、幸運なのでしょうね。

 恨む筋合いは、全くありません。

 むしろ、感謝しているんです」

 すっ……と、絡みついていた明城先輩の腕が解かれた。

 先輩は起き上がり、ぼくを見下ろす。

「相原さん……あなたに、会えました」

「ぅ、ぁぁ……っ」

 喉がからからに乾いている。

 もはや、明城先輩に逆らう気力なんてない。

 先輩がぼくの上をおおいかぶさってくる。

 ぴとっ。鼻と鼻がくっついた。

「相原さん」

「は、い」

 ぎこちない返事をすることしかできない。

「これが、私です。

 次はあなたの番ですよ、相原さん?」

「ぼ、ぼくの、番?」

 意味が、わからない。

「相原さんの本当を……教えて下さい」

「ほん、とう」

 まばたきもしないで、明城先輩の瞳が至近距離で見つめてくる。

 ぼくの本当?

 先輩は、一体なにを、云いたいんだ……。

「本当は、相原さん……」

 明城先輩の赤い唇が、ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 

「私に、殺されたいのでしょう?」

 

 ……。

 は?

「はいっ?! なっなにをっ、云って」

「……」

 明城先輩はなにも云わずに、ぼくを見ている。

「あ、そんなこと、そんなこと、あるわけ……ない……」

 明城先輩が見ている。

「ぼくは……」

 見られている。

「……ぅ」

 反論したいことはいっぱいあるのに。

 否定しないと、大変なことになるのはわかりきっているのに。

「……」

 言葉が、出てこない。

「ふふっ」

 言葉を失ったぼくに、明城先輩が微笑みかけてくる。

「気づいていられました?

 相原さん、私に絞め落とされる最後の時……とても、優しい瞳で私を見つめて下さるんです」

 明城先輩はうっとりとした表情で、

「かりそめの苦痛に、悶えられて、悲鳴をあげられても。

最後には、魂のすべてを私の手に委ねて下さる。

 私を、愛して下さる……」

 本当に幸せそうに、ぼくを見つめる。

「ぼくは……」

 否定しろ。

 ぼくの理性が、しきりに警鐘を鳴らしている。

 けれど……。

「“ぼくは”……?」

 明城先輩が首を小さく傾け、唇に微笑を溜めて、たずねてくる。

「……ぅ」

 やっぱり、言葉が出てこない。

 理性の下の、ぼくの根源的な部分が、明城先輩の言葉を……否定しきれない。

 たとえ、先輩の云っていることが事実だとして。それは、この地獄の監禁生活から、意識の喪失という形とはいえ、一瞬感じる解放感のせいだ。

 理性が必死に理屈をこねている。

 わかっている。そんなことは、わかっているよ。

でも、そんな理屈が、何になる……?

何の助けに、なる?

「相原さん。落ちる瞬間……あなたは、私の名前を呼んで下さいますね?

 あなたの声を聴くと――私は、愛おしい気持ちで、危うくあなたを、殺しかけてしまうんですっ!」

 明城先輩が自分の手首をつかんでいる。

 ぼくを殺さないために。

 その手は、激情をおさえきれずに、震えている。

「……」

 小賢しい理屈など、ぼくらのあいだには存在しない。

 ぼくは明城先輩の、虜だ。

 それが、真実。

「はじめてあなたを見たときから、わかっていました」

 

 すっ……

 

 明城先輩の両手が、優しく、ぼくの首をつつむ。

「ほら……ぴったりです」

 先輩の云う通りだ。

 ぼくの首と明城先輩の手は、まるで生まれる前からずっと一緒のようで。

それが、何かの間違いで、別れ別れになったような。

ようやく再開できた。

 そんな、気がした。

「いつかどこかで失った、自分の片割れを求めて、私はずっと、ひとりで……」

 

 どっ どっ どっ……

 

 頸動脈をわずかに圧迫される。

 指の先でぼくの鼓動を感じながら、蕩けた表情で明城先輩は語りかけてくる。

「もう、とくの昔に、お気づきになられていたんでしょう?

 この出会い。この逢瀬。この――至福の瞬間。

はじめからおわりまで、すべて、運命だと」

 身体が、本能的な恐怖から、小刻みに震えている。

 背筋にぞくぞくと電流が走る。

 股間が、痛い。どうしようもないくらい勃起している。

「言葉にして、はっきりと、云って下さい」

 愛おしそうな目の明城先輩が、優しさに満ちた声で訊いてくる。

「――あなたは、私の手で、殺されたい。

そうですね?」

 肌に食いこむ指から、明城先輩の熱が、鼓動が、伝わってくる。

「ぼく、は」

 ぼくは。

 さっき、明城先輩の話を聞いて、何を感じていた?

 恐怖だ。

 いや、恐怖なんてものじゃない。恐怖を通り越した、畏怖。

 このひとになら、自分のすべてを差しだしてもかまわない。

 先輩をはじめて見たときから、今にいたるまで。変わることのない感情を、ぼくは――

 

「あなたは、私に殺されるために、生まれてきて下さったんです」

 

 天から明城先輩の声がした。

 

「私もあなたを殺すために、生まれてきました」

 

 首にかかった手から伝わる体温が、泣きたくなるくらい温かくて、懐かしい。

 喉が震える。

 

「ぼくは――」

 

 あなたに――

 

「――っ!」

 感極まった表情の明城先輩。

 昂奮に息が乱れ、ふくよかな胸が波打つ。つんと立った乳首、桜色に染まった乳房が艶やかだ。

 勃起したぼくのものに、その2倍はある女根が刀身をこすりあわせ、濡れた亀頭の先がキスし合う。

 

 ぐ ぐぐぐ ぐっ……!

 

 指が、ゆっくりと喉に食いこみ始める。

 ぼくは。

 先輩の指に絞りだされるようにして、

 

「……死に、たくない……」

 

 声を出した。

 ぎりぎり最後に残った理性が、舌を動かしていた。

 

ふぅ……

 

 大きく息をつく音がした。明城先輩の肩から力が抜ける。そして、ゆっくりと、名残惜しそうに首から手を離した。

「まだ、だめ……なのですね」

 明城先輩が小さく呟いた。

「……」

どうしようもなく悲しそうな、声だった。

「でも、諦めることなんて……しません」

 

 ふわ……

 

明城先輩は、ぼくの上にかけられたシーツをめくった。素肌が外気に触れて、ひんやりとする。

「わかって、いますから」

 自分に云い聞かせるように――

「あなたの口から、その言葉が告げられることを。

 魂の底から、私を愛してくれることを」

 明城先輩はつぶやいて、

「最初から、わかって……わか、って……っ」

 声を詰まらせた。

 黒い瞳が、きらりと光る。

 長いまつげの先がふわりと動く。頬を、ひとすじの涙がすべっていく。

「せんぱい……」

 ぐっ、と明城先輩は指で目元を拭う。

 すると、そこにはもう、いつもの先輩が立っていて、

「――ふふっ」

 微笑んだ。

「でも、今日は、相原さんの身体だけで、満足することにします。

 相原さんは、私の為すままに……愛を感じて下さい」

「あ……う」

 明城先輩は、美しかった。

 長い黒髪をなびかせ、柔らかく引き締まった二の腕のあいだで、豊かな乳房を強調し、その蠱惑的な肢体の下で、長く太い陰茎を天にむかってそそり立させている。

 エスタブリッシュメントに充ちた姿を、余すことなく、魅せつけている。

 そして、ぼくはベッドの上で、縛り倒され、無様に尻の穴を先輩に向けている。

「さあ、お顔を見せてください。

 女にペニスで貫かれながら、首を絞められて、イッてしまう顔を♪」

 明城先輩の女根が、凌辱の悦びにヒクヒクと震え、濡れている。

「や……やぁ……」

 蚊のなくような声で抵抗する。

 くすくす、と明城先輩は笑いながら、腰を入れてきた。

「く、ぁあああ、ぁぁああっ!!」

 

 じゅぶっ ぐぐっ みちみちぃぃ……っ!!

 

「んん、相原さんのなか……柔らかくて、温かいですよぉ……っ♪

 全身で、私の……あんっ♪ し、締めつけてぇぇっ♪」

 ふやけきった肛門が、ぐちゅぐちゅ、と水音を立て明城先輩のペニスをのみこんでいく。

 圧倒的質量の肉塊が、腸を蹂躙していく。

するりと、細い指先が首にからみついて――

「あ、あああ……がっ……」

「ふふ。相原さんの顔が、薔薇色に染まっていく……。

 とても、綺麗」

 うっとりとした声で、左手でぼくの首を絞めあげてくる。

 頬がみるみる血の色に染まる。つーっ……と、その上を明城先輩の右手が、くすぐるようになぞっていく。

「その泣き顔……とても素敵ですよ?

 切り取って、はがして……はぁん……部屋に飾っておきたいくらい……」

 丁寧に磨きあげられた爪の先が、頬の柔い肉に食いこむ。

「ひ、あ、ぐ……ぇぇぇっ」

「あらあら、片手で、それにまだそんなに力はこめていませんのに……。

 そんなに、目を剥かれては困ります」

 目の下にたまった涙を、指がぬぐっていった。

「ああ、いつ見ても綺麗な瞳です……。

抉りたく、なってしまいますね……。

 相原さん、ひとつ私にくれませんか?」

 つぷり、と眼窩に爪が食いこんだ。

「や、やめ――」

 あまりの恐怖にぼくは叫び声を――

 

 ぎゅうぅぅっ!!!

 

「ぐぇっ?!」

明城先輩の指で、喉仏といっしょに悲鳴を押しつぶされた。

「ぐぅっ?! ひっ、ぃやぁ、ぁぁあぁっ!!」

「冗談です。やっぱり相原さんの顔に収まってないと、台無しですもの。

 でも、少し残念です。ふふっ」

 明城先輩は微笑みながら、指に力を込めていく。

 白い艶やかな肌を、桃色に上気させている。

 ねじこまれた海綿体が、ぼくのなかでみるみる硬くなっていく。

「えぐ、おぁぁぁ……!」

 ぎゅうぎゅう、昂奮した明城先輩は両手で首を締めだした。

「が、ひぃ、うぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

「あはぁ、お尻きゅうぅぅっって締まりますっ♪

 舌をそんなに、お出しになって……ふふっ、犬みたいですねっ」

 息ができない。

 必死にこの苦しみから逃れようとしても、明城先輩の指はぎっちりと首を食いこみ、ベッドに釘付けにする。四肢を拘束するロープがぎりぎりと締めつけ、身体の関節があちこちで悲鳴をあげる。

救いを求めるように、舌だけが外へと飛び出している。

「真っ赤で、綺麗です……あむ」

「ぃぃ、ぃっ?!」

 舌を甘く噛まれる。

 真珠のような歯で、肉をコリコリと弄られる。

「あむ、んっ、ん〜〜♪」

「ぅぇ、ぇぇぇっ?!!」

 そのまま、引っ張られる。吐き気がこみあげてくる。

「んん、んむっ」

 明城先輩は舌を咥えながら、口内でねぶり、味を確かめている。指はあいかわらず、気道をぎりぎり残す程度に、ぼくの首を圧迫していた。

窒息状態のなかで、のどの奥からせりあがってくるような、嘔吐感。

「ぉ、あぁ、ぁぁぁっ……!」

 と、明城先輩が舌を食むのをやめて、

「ふふっ、柔らかくて温かくて、上質なお肉でした」

 ずっぽりとぼくのなかに押しこんだペニスを、ぐりぐりっ、と旋回させる。

 ひぃぃ、ひぃぃ、となにか異様な音がするから、なにかと思ったら、ぼくの喉からもれた、かすれきった悲鳴だった。

「あは。こうやって見下ろすと、相原さんの喉の奥まで、見えますね」

 蕩けた表情で、明城先輩が云う。

「はい、あーん」

 明城先輩は舌をちょっぴり出して、ぽっかり空いたぼくの口の穴によだれを垂らす。

 

atticcca

 

「おいしいですか? 私の唾液、ゆっくりと味わってくださいね」

 

 ぎゅっ ぐっ ぎゅっ

 

 揉みしだくようにして、明城先輩の指が、ぼくの喉をつぶしてくる。

「げぇっ、ぅぉ、ぃぅぅっ!」

 明城先輩の唾液が喉の奥へと流れ込んだ、と思ったら、指で喉をしごかれ強引に絞りだされる。ぶくぶくと歯の根から湧いてくる血の混じったあぶくに溶けて、唾が混じりあって舌の上で踊る。先輩の指から力が抜けると、また喉の奥へ流れ……また、絞められて……戻って……絞められ……。

「ひぅ……っ、ゅぅ……ぐぶぅぅっ」

「ああっ♪ だらだらと涎や鼻水をたらして、ぴくぴくしている……お顔に血がたまって、真っ赤なのに……いまにも、逝ってしまいそうな顔をして……」

 明城先輩の声が、震えている。

「ハァ……んっ、んんっ!!!

あっ、愛していますっ、相原さんっっ!!」

 

 ずぐんっ!

 

「――っ!!」

 ひときわ強く、明城先輩の腰が打ちつけられた。焼けるように熱い肉棒が肛門をめくりあげ、直腸を貫く。

 細かく震えていたぼくの全身の筋肉が、びくんっ、と大きく痙攣する。

「まだ、逝っては、だめですよっ?!

 私は、私はっ……何度もなんどでもぉっ、あなたを、犯してっ、殺してっ、汚してっ、壊してっ、愛してさしあげたいんですからっ!」

 

 ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ!

 

 絶頂寸前の明城先輩は涎を垂らしながら、ぼくのお腹を突き破る勢いで、腰を振っている。

 びゅっ、びゅっ……と先輩の陰茎とぼくの肛門の接合面から、カウパーと腸液が混じった汁が飛び、シーツを汚す。血も混じっていたらしい。うっすらと、赤く染まった。

「あっ、はぁんっ♪ んんぅっ、あはぁぁっ!」

「ぃぎ、がっ、ひぎぃっ!」

 ぐぐっ、と明城先輩の腕に力がこもる。

 ぐぅっ、とぼくの喉が音をたてる。

「死ぬまで、愛して、さしあげますからぁっ♪

 死ぬほど、たっぷり、愛して……あん、んんぅっ♪」

 

 びゅぶぶぶぅぅぅぅーーーーっ!!!!

どくっ どくどくどくどくぅっ!!!!

 

 腸に大量の明城先輩の精が放たれる。

 ふくらみきったお腹が、ごぼごぼと音をたてた。

焼けつくように熱いものが注ぎこまれ、意識が飛びそうになる。

 

「あはぁぁっ、んんぅぅーーーっ♪

 ああっ、相原さんっ!! まだっ、私の声、聞こえていますかっ?!

 その、愛しい声でぇぇっ! 私の名前っ、呼んでくださいねぇぇぇっ!

 んああぁぁぁぁぁぁっ♪♪♪」

 

 頸動脈をおさえる明城先輩の指。すべすべで、あたたかい。ぼくの魂すべてをつつみこむような感触。

ぐっ、と力が。

 こもって。

 

 いしきが。

 

 やみの なか。

 

 あきしろ   せんぱ

 あい し――

 

【終】

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