●回想3 縄の理由
キーンコーン カーンコーン
トイレの個室の壁に寄りかかりながら、ぼくは休み時間の終わりを報せるチャイムを聞いていた。
もう、大丈夫だろう。
ぼくは鍵を開け、個室から出た。
「ちっ」
ぼくは舌打ちをした。
廊下のむこうから、明城先輩が歩いてくるのが見えたのだ。
……タイミングが悪い。いま一番、会いたくない人間だった。
いつものような取り巻きはおらず、なにか元気のない様子だった。
「あ……」
うつむいていた先輩が、ぼくに気がついた。
ぼくは聞こえないふりをした。早足で、通り過ぎる。
「相原さん……あの」
なにか云っているが、無視した。
明城先輩も、それ以上なにも云わなかった。ぼくの方に伸ばした手を、力なく下ろしたのが目の端に映ったが、何の感慨もわかなかった。
教室に戻って席に着くと、背中をつつかれた。
「おい」
振り向くと、後ろの席の友人が、
「……今日も明城先輩が来てたぞ」
ぽつりと云った。
「あ、そう」
「おまえのこと、探してた」
「ふぅん」
ぼくは適当にあいづちを打った。
「おまえなぁ……」
友人の語気が少し荒くなった。
「あんなに辛そうな先輩の表情、初めて見たぞ。
何があったか知らねーけど、おまえの態度、最悪だぞ」
「もう先輩とは終わったんだよ。
だいたい、“ふられてもともと”って云ってたのおまえだろ。最初から、合わなかったんだよ。
なにもかも元通りで、いいじゃないか」
「……先輩のファンのなかでも、気の荒い連中がさ、おまえのことシメるとかいってるぞ。このままじゃ、おまえ、居場所なくなるぞ」
「もう、とっくにハブにされてるよ」
「……」
友人は黙った。
ぼくも、何も云いたくなかったので、さっさと授業の準備を始めた。
……明城先輩の家に初めて招かれたあの日。
先輩の身体の秘密と、隠された性癖を知ったあの日。
あれから、ぼくの生活は一変した。
次の日には、先輩とぼくの関係がご破算になったのが学校じゅうに知れわたっていた。それ自体は、周りの人間には不自然には見えなかったようだった。もともと、ぼくが先輩と付き合っていたことのほうが、かれらにしては不自然だったのだから。
しかし。
昼休み。明城先輩のほうから、“ふられた”はずのぼくのクラスに姿を現したのだ。
「相原さん……いま、お時間ありますか?
あの、その……もう一度、相原さんとゆっくりお話をしたいんです」
つい前日に、あれだけのことをしながら、よく平気な顔をしてそんなことが云える。
猛烈に腹がたったが、ここでキレたところでどうにもならない。余計、自分がみじめになる気がした。
クラスじゅうの人間が、ぽかんとした表情で、ぼくを見ていた。
明城先輩も、真剣な瞳で、じっと見つめていた。
ぼくはそれらすべてを無視して、ベランダに飛び出し、教室から逃げ出した。
しかし、
「あの、お弁当を作ってきました。一緒に、お昼をしませんか……?」
「お願いです……一度だけでいいですから、話を……」
それ以来、休み時間のたびに、明城先輩は教室にやってきた。
無視をつづけるぼくに、クラスのみならず、学校中の人間が非難の目を向けた。
たしかに、事情を知らない人間の目には、明城先輩は健気なお嬢さまに見えただろうし、ぼくは人間の屑に映っただろう。
女子からはハブにされ、男子も陰口を叩くようになった。知らない上級生に、いきなり襟をつかまれたこともあった。
いちいち明城先輩をあしらうのも、いいかげん面倒になったので、最近ぼくは休み時間のたびに、男子トイレの個室に閉じこもっていた。
あまり居心地のいい場所じゃないが、先輩も入ってこられないし、だれの注目もひくこともない。
もう、学校のなかで、ぼくの味方は一人もいなかった。
ひとり便所のなかで、早くこんな灰色の学園生活は終わればいいと、念じつづけていた。
それが。
意外なほど早く。
実現するとは、思いもしなかった。
その日もずっと黙りこくったまま、だれとも話さず、学校が終わった。
チャイムが鳴ると、さっさと教室を飛び出た。ぐずぐずしていると、先輩がやってくるかもしれなかったから。
ぼくの家は学校からさほど離れていない。なので、通学はいつも歩きだった。いっしょに帰る友人なんて、もうだれひとりもいなかったが。
通学路からすこし外れた裏路地を、ひとりで歩いていた。すると、後ろから白いバンがゆっくりと近づいてきた。
「こんなせまい道に入ってくるなよ……」
ぼやきながらも、塀にもたれかかるようにして、道をゆずった。
ぼくの歩くスピードと同じくらいの徐行運転をする白バン。窓ガラスはシートにおおわれて、車内は見えなかった。
なにしろ狭い道なので、巻きこまれないように、ぼくは塀に忍者のようにぴったりとはりついていた。
……早く、行けよ。
心のなかで毒づいた。車のスピードは、みるみると落ちていって、もはや歩くよりも遅くなっていた。安全運転にしてもほどがある。
壁にはりついているぼくの横で、バンの速度はほとんど止まっているのと変わらないくらいまで落ちていた。
ガタッ
と、いきなりバンのドアがスライドして、ぼくの目の前で開いた。
「え?」
真っ暗な車内から、にゅっと腕がのびてきた。
「むぐっ?!」
腕は、ぼくの肩をつかんで、口をふさいだ。そして、ものすごい力で車内に引きずりこんだ。
バンッ!
ドアが乱暴に閉まって、車は急に速度をあげた。
「んんんーーーーーーっ?!」
わけがわからなかった。
抵抗しようにも、腕はがっちりとぼくを押さえこんでいて、身動きひとつ取れなかった。
それに、口をふさぐ布きれは、強烈な薬品の臭いを発していて。
思いきり。吸いこむと。頭がぐらぐら。
目の前が。暗くなっていく。
なんだ。
これ。
……。
ぼくが屋根裏にいる3つの理由 【6】
いい匂いがしていた。
仄かに明るい闇のなかで、ぼくはとんでもなくやわらかいものを枕にして、起きているような寝ているような、心地よい感覚に頭を痺れさせていた。
あごの下をくすぐられた。
猫のように、ぼくの喉がごろごろと鳴った。
「ふふっ」
笑い声がした。
鈴が鳴るような、きれいな声。
温かくて、やわらかくて、いい香り。
ずっとこのままでいたかった。
「可愛い寝顔ですね」
また、優しい調子の声がした。
首筋をゆっくりと愛撫された。
ああ。先輩。くすぐったいです。
「このまま、きゅっ、と首を絞めたら……どんな顔をなさるんでしょうね」
はは。先輩。冗談は……。
……。
「……せんぱいっ?!」
がばっ!!
ぼくは弾かれたように飛び起きた。
「おはようございます、相原さん」
耳元で明城先輩の声がした。
「うわぁぁぁっ?!」
ぼくは悲鳴をあげて身をよじった。
どたんっ!
拍子に、ソファから転げ落ちた。
「痛てててっ」
「ああ、相原さん。大丈夫ですか?」
先輩が心配そうな声をあげた。
「え? なに? なんでっ?!」
さっきのバンは? ここはどこ? なんで先輩が?
ぼくはパニック状態で、フクロウのように首をぐるぐる動かして、辺りを見回した。
花柄の壁紙。長方形の古風な窓。厚ぼったいレースのカーテンごしに滲む夕日。高い天井。仄かな灯りを発する照明。ふかふかした赤い絨毯。広々とした、なにもない部屋。一つだけ置かれている、やわらかそうなソファ。その上に行儀よく腰を下ろしている、明城先輩。
「……あの、相原さん?」
先輩が首をかしげていた。キョドりまくっているぼくを不思議そうに見つめていた。
けれどぼくのほうが百倍、困惑していた。
「こっ、ここは、どこですか?!」
もう二度と口をきかないと固く決めていたのも忘れ、明城先輩にたずねた。
先輩は嬉しそうに両手を合わせて、
「私の家です。
相原さん、よくお休みでしたので寝室を用意しようかと思ったのですけれど……」
明城先輩は頬を赤く染めた。
「あまりにも、素敵な寝顔でしたので、この『夢殿』でついつい愛でてしまいました♪」
「ゆめどの?」
まだ事態を飲みこめず、ぼんやりと広々とした部屋を見回した。
たしかに内装は、前に見た応接室と似た雰囲気だった。しかし、家具や余計なものが置かれてなく、ただ広々とした虚ろな印象だった。
「私、考えごとなどしたいときには、この夢殿で過ごすことにしているんです。
いつもはひとりで、ソファに腰かけ、思索に耽るのですけれど……ふふっ、今日はずっと相原さんの顔を見つめてしまいました♪」
楽しそうな先輩を見ながら、ぼくはさっきの夢を思い出していた。
あの柔らかい感触やひと肌の温もり。そして、起きたときソファから転がりおちたこと。
意識のないぼくはずっと、明城先輩に膝枕をされていたんだろう。
以前なら頭が桃色で塗りつぶされていただろうけど、今のぼくは冷静だった。鼻の奥に妙な薬品の臭いがこびりついて、頭がガンガンとするせいかもしれない。妙に醒めていて、おぼろげながらも、事態を把握しかけていた。
「……それはどうでもいいですけど。
なんで、ぼくが、先輩の『ゆめどの』で、寝こけていたんでしょうかね」
思いっきり皮肉をこめて聞いた。鈍く痛む脳裏に、あの白バンがフラッシュバックしていた。
道を歩いていたらとつぜんバンに連れこまれ、気がついたら明城先輩の私室。
……あの白バンがだれの差し金か、子供にだってわかる。
ぼくは先輩を半眼でにらんだ。
しかし、
「ああ、それでしたら。
私が信頼できる者に頼んで、相原さんをご招待したんです」
にこやかに明城先輩は云った。
何の悪意も他意も見えない、純真で上品な笑顔だった。
「……」
「相原さん?」
黙りこくったぼくに、先輩はまた、こくん、と首をかしげた。
おかしいのはぼくの方……ではないだろう。絶対。
「な……」
ぼくはゆっくりと口を開いた。
「はい?」
「何っ……考えているんだよ?!」
「え? 相原、さん?」
声を荒げたぼくに、先輩が身を引いた。
「云うにことかいて“ご招待”っ?!
手下を使って、人を拉致するなんて……どこのマフィアだっ!」
「それは」
先輩がなにかを云いかけた。でも、ぼくはそれをさえぎって、
「この前のことは、百歩譲って、耐えたけど……っ。
今日は、もう犯罪じゃないかっ!」
立ちつくす明城先輩に、怒鳴りつづけた。
「ぼくのことを何だと……うっ!」
頭に血が昇って、立ちくらみがした。もしかしたら、拉致されたときにかがされた変な薬のせいかもしれない。
足もとがふらついた。
「だ、大丈夫ですか?」
先輩が近付いてきた。
「来るなっ!」
「!」
びくん、と明城先輩の身体が震えた。
「もう……ぼくに、近づくな……」
ずきずきとする頭をおさえながら、ぼくは先輩をにらみつけた。
「そんな、私……ただ、相原さんと……ふたりで……」
先輩の漆黒の瞳が、みるみる涙でうるんだ。
一瞬、頭だけじゃなく、胸もずきんと痛んだ。
「うるさい」
……ただの錯覚だと、自分にいい聞かせた。
「金や権力にものを云わせて、何でも好き勝手にする歪んだ人間なんて、大っ嫌いだ!」
「……」
明城先輩が顔を伏せた。
はぁはぁ、とぼくは肩で息をしていた。
そして……そのまま、この場を去ろうとした。が、部屋にひとつしかない扉の前で、先輩が立ちつくしていた。
「……どいてください。
ぼくは、帰ります」
「……」
明城先輩は身じろき一つしなかった。顔を伏せているので、表情がよく見えない。
ぼくはいらいらして云った。
「いい加減にしてください。ぼくは、これでも、先輩のことを、尊敬していたんですよ」
うつむいたままの先輩の頭が、いやいやをするように、横に振られた。
これ以上、つきあってられない。
ぼくは、強引に先輩の横を通り抜けようとした。
「っ?!」
肩をぎゅっとつかまれた。
ワイシャツに皺ができた。
明城先輩が、こちらを見ないで、ぼくを引き止めていた。
「っ?! 放してくださいっ! いったい、どこまで……っ」
乱暴に先輩の手を振り払おうとした。
と、
「……帰しません」
「え」
小さく先輩が呟いた。
かと、思うと。
ぼくは宙に浮いていた。
「――あれ?」
間抜けな声をあげた気がする。
明城先輩が、合気道かなにかの技で、ぼくを投げ飛ばしたのだと気付いた、次の瞬間。
ドン……っ!!
床に、背中を激しく打ちつけていた。
「――ぁ、かはっ?!」
床一面には、ふっくらとした絨毯が敷きつめられていたが、受け身もなしに背中を強打して、ぼくは悶絶した。
「ぁ、ぅぁ、ぅぅっ!!」
ごろごろと、無様に絨毯の上を転げまわった。
と、こちらを見下ろす明城先輩と目が合った。
「ぁ、はぁっ、ぅ、な、なんで……っ?!」
ぼくは息も絶え絶えのまま、なんとか言葉をつむいだ。
明城先輩は、じっ、と真剣な表情で見つめていた。
「相原さん……私が間違っていました」
神妙な声で、明城先輩が云った。
……間違っていると気付いて、なんでぼくを投げ飛ばす必要があるんだ?!
「ぅ、ぇ、ぅぅっっ?!」
背中の激痛で、息もできず、素っ頓狂な声しか出なかった。
先輩は色白の頬をわずかに紅潮させ、
「私の想いがどれほど強いのか。
相原さんに知って頂きたく思って、信用できる者に頼んで、二人きりの状況を作ってもらったのですけれど……」
ふぅ、と上品な仕草で一息ついた。
「やはり……他人や、家の権力を用いては、私の本心など伝わるわけありませんね。私は、なんて……愚かなことをっ」
明城先輩が、ぎゅっ、と拳をにぎりしめた。
「くぅ……ぅぅっ、痛っ……なら、なんで、こんな……」
やっと、投げの痛みが引いてきた。ぼくは腰をおさえながら、よろよろと立ちあがった。
「相原さんっ!」
「え、はいっ」
強い意志のこもった声に、反射的に返事をしてしまった。
「もし、相原さんが……お帰りになりたいのなら、ご自由にどうぞ。
『離れ』にいる者たちにも、内線で門を開いておくように伝えておきます」
「あ、はぁ」
展開が飲みこめず、ただうなずくだけのぼく。
明城先輩は、凛々しい表情で、こちらを見つめていた。
しばし、時が流れた。
「えっと……」
さっきまでの強気はどこかに引っ込んで、ぼくは恐る恐る切りだした。
「……帰りたいんで、そこ、どいてくれません?」
扉の前には、まだ明城先輩が仁王立ちしていた。
黒髪長髪を威風堂々と垂らし、きりっとした佇まいだった。
「お断りいたしますっ」
きれいな声で、先輩は云い切った。
「へ?」
あの、今、“ご自由にどうぞ”って……。
「家のセキュリティや、ガードには頼りません。
このような他から与えられた利は、放棄いたします」
「はい?」
当惑するぼくを無視して、先輩はつづけた。
「私自身の、私の力だけで……相原さんを私のもとにとどめてみせます! 私の想いの強さ……今日こそ、知って頂きますっ!」
「えっと……そ、それって、結局、ぼくの意思は無視ってこと?」
「いいえっ、相原さんの身体と心に、私の愛を刻みつけるんです!
そうすれば……一生、私以外のことを想うことなんて……」
明城先輩の真剣な瞳の奥に、妖しい熱狂の火がちらついていた。
「……」
先輩の無茶苦茶な言動に、ぼくはもはや言葉を失っていた。
この人は……本気なんだ。
通りすがりに、ぼくの首筋を見ただけで、惹かれたのも。
いきなりの告白を、いきなり了承してしまうのも。
初めて家に呼んだ彼氏に、人と異なった局部を見せることも。
あまつさえ、相手が失神するほどの口淫を強制することも。
周囲の目も構わず、別れた男につきまとうのも。
二人きりになるために、人を使って拉致することも。
引きとめるために、腕力を行使することも。
なにもかも、すべてひっくるめて、明城先輩は本気でぼくを愛しているつもりなんだ。
「はぁ……」
ため息が出た。
「先輩……間違ってますよ、なにもかも」
「はい?」
明城先輩が、小首をかしげた。付き合いはじめて、気づいたのだけれど、先輩はよくこの仕草をする。この人は、自分と周りの違いに気がつかないほど、いろいろなものに恵まれて、純真に生きてきたのだろう。
「先輩みたいなひとは、愛されることはあっても……愛することはできませんよ。
云っても、わからないでしょうね。たぶん、ぼくたちは決定的に違うんです」
ぼくは首を振った。そして、そのまま扉の方へと歩き出した。
また、明城先輩が前に回りこんで、道をふさいだ。
「先輩」
「相原さん」
ぼくと明城先輩の声がハモった。
む、とぼくは黙って先輩を見つめた。とても、悲しげな表情をしていた。
「相原さんは、わかっていらっしゃらないようですね。
どれほど……あなたのことを愛しているか。私の本当を」
「何を云って――」
もう議論するのにも疲れて、すこし乱暴に先輩を押しのけようとした。
ずだんっ!!
平衡感覚が喪失した。三半規管が揺さぶられた。視界がぐるりと回転した。最後に、背中が地面と激突した音が聞こえた。
「く、ぁぁぁぁっ?!!」
ぼくは絨毯の上をのた打ち回った。
つかまれたことも気がつかないほど、見事な投げだった。
さすが文武両道のお嬢様。
「あ、ぁぁああ、っっ……!!」
そんなものに感心する余裕などない。
息がつまって、死にそうだ。
「どうしたんですか、相原さん。
ふざけているんですか? 私は本気なんですよ。
今は反感だとしても、もっと私のことを真剣に想ってくださいっ」
……なに勝手に熱をふいてるんだっ!
「うぅぅ……っ、くっ、ふざける……なぁ……っ」
息を切らしながらも、何とか立ち上がった。
背骨がずきずきと悲鳴をあげた。
あまりにも不条理な状況と激痛に、どす黒い怒りの衝動に駆られた。
「このぉぉぉぉっ!!」
明城先輩に飛びかかった。手加減などなく、身体ごとぶつかっていた。
しかし、先輩は身体をわずかに横にずらすと、つかみかかったぼくの腕を取って、
「ぎ、ぁ、ああああああっ?!!!」
ぎりぎりぎり……
腕を後ろにひねりあげられるようにして、先輩に関節を極められていた。
「まだ、ほとんど力をこめていませんのに。そんなに、声をあげられても……。痛いですか、相原さん?」
身をよせた先輩が、耳元でささやいた。ふに、と胸がわきに押しつけられたが、感触を楽しむ余裕なんて、ぜんぜんない。
「ぁぁぁぁ、はなして、はなしてぇぇぇっ!!!」
恥も外聞もなく、ぼくは泣き声をあげた。
肩が外れるような激痛に、ただただ、先輩に懇願していた。
「わかりました」
腕をつかむ明城先輩の手から力が抜けた。
ぼくは肩を押さえて、飛びのいた。
とんっ
そこに、一瞬で明城先輩が距離を詰めてきた。
「はっ!」
密着状態で足を刈られた。
そのまま、抱きあうような姿勢で、いっしょに倒れこんだ。
どむっ!!
「ぅえっ!!」
背中と後頭部を地面にしたたか打ちつけて、上からは先輩の身体にのしかかられ、肺の中の空気が搾りだされ、喉から漏れた。
悶絶して動けないぼくの顔を、間近で覗きこみながら先輩が、
「組み伏せられてしまいましたね。
抵抗は、なさらないんですか?」
「ぁ、ぁ……ぁ」
明城先輩のやわらかい身体に押しつぶされ、ぼくは死にかけの虫のようにぴくぴくと震えていた。
胸板を、ぎゅうぎゅう、ブラウスから弾け出しそうな大きな乳房が圧迫していた。呼吸が、できなかった。
「私の愛を受け入れてくださいますか、相原さん?
意地悪なさらないで、何かおっしゃってください」
「ぃ、ぁぁ……つぶれ、る……ぅぅ」
すっ、と明城先輩の胸の重みが消えた。先輩は上体を起こし、ぼくの腹の上に座るようして腕を交差させ、ぼくの襟をつかんだ。
「ぅ、ぇ? な、なにを……っ」
「聴かせて下さい。相原さんの、心の底からのお声――」
そして、そのまま雑巾を絞りあげるように、襟を思いっきり交差させ引っ張った。
ぷつっ ぷつんっ
ワイシャツの第二ボタンが弾け飛んだ。
かまわず、先輩は襟をしぼりあげつづけた。
「がっ?! っは、ぃぃ……っ?!!」
ぎりぎりと喉元に襟が食い込んでいった。
ぼくは目を剥いて、先輩の腕をつかむが、絞める力はまったく緩まない。苦しさにばたばたと暴れたが、先輩は馬をいなすようにして、ぼくの上に乗りつづけて、襟締めを続けていた。
「ぁ、が、ぁぁっ?!」
空しく暴れているうちに、ぼくの上着が乱れ、シャツがめくれあがった。裸のお腹に、ぐいぐいとシルクのショーツが押しつけられ、ぼくを地面に押さえつけていた。
「悲鳴……もっとあげてよろしいんですよ?
だれに憚ることなく、思いっきり、喉の奥から……相原さんの魂の叫びを」
「ぁ、ぉぇ、ぁぁ……っ」
「ふ、ふふっ……口の端から、泡がこぼれていますよ?
そうですね。このように首を絞めあげられては、悲鳴をあげることもかないませんよね。私ったら、うっかりしていましたわ」
「~~~っ……~っ」
先輩の声が遠くで聞えた。
先輩の腕をつかんでいた手から力が抜け、絨毯の上に落ちた。
息が止まって、血流が止まって。
首に食いこむ襟の感触だけが妙にリアルで。
ぼくの意識は、急速に、失われ――
すっ――
とつぜん、襟をつかむ先輩の手から力が抜けた。
「っ、かはっ?! げふっ、げほげほっ!?」
脳が酸素をとりこもうと、失神寸前の身体を無理やり覚醒させた。
激しくせきこみながら、必死に肺に新鮮な空気を送った。
「ふふっ♪」
びくんびくんと痙攣するぼくを、尻にしきながら、明城先輩がうっとりと見下ろしていた。
「襟もとも露わに悶える相原さん……艶っぽいです。
ふふ、くっきりと残った痣がきれいな肌に映えて、素敵……」
ずきんっ!!
「痛ぁぁっ?!! な、なな何をぉぉっ?!」
「あまりにもきれいなので、ついなでてしまいました♪
痛かったですか? 首筋が、敏感なんですね……相原さん」
ジクジクと痛む首筋を、明城先輩の細長い指が愛撫していた。
「ひぎっ?! 痛、いたいいたいっ?!! ああーーーっ!!」
痣のうえを、しなやかな指先が、ねっとりとなぞっていった。神経をほじりだすように、整えられた爪がコリコリと肉を嬲った。
「淫靡なお声を、お出しになられるんですね……そんな表情で悶えられると、私、どうにかなってしまいそう……」
もがくぼくの首を、包み込むように、細長い指が蛇のようにからみついた。
「ひ……ひぃっ?!」
「怯えていらっしゃいますね。抵抗、なさらないのですか?」
ぎりぎりと。
ゆっくり、確実に、先輩の指に力がこもっていった。
「あ、が、あああ、やだ、いや……だっ!」
明城先輩は片手で喉を押さえつけていた。
ぼくは死の恐怖から、先輩の腕を必死につかんだ。しかし、ブラウスに多少の皺ができただけで、ぼくの喉を絞めつづける動作はみじんも揺るがない。
「相原さん。まさか、それで全力なんですか?」
「ぎっ、ぃぃっ?!」
「さきほどの十字締めとは違って、単に片手で押さえているだけですのに……ふふっ、非力なんですね。可愛いですよ、相原さん♪」
明城先輩の片腕一本で、ぼくは地面に押さえつけられていた。
握力だけで首を絞めあげられ、だんだんと苦しく……。
「あ、ひっ……」
ただ単純な力で、徐々に喉を絞りあげられていた。絞め技をかけられるよりも、リアルに、じわじわと窒息の恐怖が襲ってきた。
「だんだんと目がとろんと、してきましたね。
口元も緩んで、頬が朱色に……ふふっ」
「ひぅぅっ、あああっ……っ!」
「はぁ……ん、どうして、首を絞められた男性の表情って、こんなに、愛しいんでしょう。
もっと、もっと、もっと……悶えて、啼いて、魅せて下さいっ」
ぎぎぎ……っ!
首筋深く、爪が食いこむ感触。
ピアニストのようにすらりと伸びた5本の指が、無情にぼくの喉を潰していく……。
あ、死ぬ。
「ふふっ」
と、また落ちる寸前に。
明城先輩が拘束を解いた。
すぅぅぅー、と喉が息をひきとり、いっしょに意識も遠ざかって――
ぱんっ!
頬に鋭い痛みが走った。
「起きて下さい。相原さん」
馬乗りのまま明城先輩が、ぼくの頬を何度も張り飛ばしていた。
「ひ、かはっ……ひぅ……」
半失神状態から強引に引き戻され、ぼくの喉が引きつったような音をたてた。かなりの力でビンタされていたらしい。口のなかに、鉄の味が広がっていた。
「はぁ……私、身体が熱くなってきてしまいました」
頬を赤く染めた明城先輩が、ぼくの上に乗ったまま、ぷちぷちとブラウスのボタンを外していた。
はだけたぼくのお腹に生温かい感触がした。乗っかっている先輩のショーツが、じっとりと濡れて、身じろぎをするたびにクチュクチュと微かな水音がした。
す……っ、とお腹にかかっていた体重が消えた。
ぼくをまたぐようにして、先輩がゆっくりと立ち上がった。
ぼくのお腹は、汗ではないなにかの汁が塗りたくられていた。そこから糸が引いて、先輩のスカートのなかへとつづいていた。
「あ、うう……うぁっ」
ようやく自由になったぼくは、なんとか立ち上がろうとするが、すぐにつんのめって、前のめりに倒れてしまった。
背骨が痛い。
肩の関節が痛い。
首が熱をもって、ひりひりと痛い。
頭ががんがんと痛い。
まともに歩けない。
「ぐすっ……うぇぇ……ああ」
ぽろぽろと涙をこぼしながら、ぼくは虫のように絨毯を這った。
かすむ視界の先に、扉があった。
カタツムリのようなスピードで、じりじりと、進んでいった。
「ふふっ。
どこに……行かれるんですか、相原さん?」
頭上で、くすくすと明城先輩の笑い声がした。
「かえる……うちに、帰る……ぅぅぅっ」
絶望的なまでの遅さで、ぼくは扉へと這いつづけた。
とさっ
四つん這いのぼくの肩に、上からなにかが落ちてきた。
“それ”はほとんど重みのない、軽いものだった。
しかし、最後の力で進んでいたぼくの歩みを止めるには、十分すぎるほど重かった。
そのまま力尽きて、絨毯に倒れこんだ。
肩にのっかっていたものがずり落ちた。
声もなく泣いているぼくの眼に、“それ”のシルエットが映った。
純白の、シンプルなデザインの、ショーツだった。
シルクの生地がしっとりと濡れて、脱ぎたてのせいか、微かに熱を放射していた。
「相原さん、顔を上げて下さい」
痛む首をなんとか起こし、声をしたほうを見た。
明城先輩が絨毯の上に、M字に開脚するようにして座っていた。
スカートがめくりあがって、最後の防衛線も脱ぎすてた先輩の秘所が、大胆に露わになっていた。
夜陰がかすかに照り、そこから巨大なペニスがそそりたっていた。その先端もまた、じっとりと、いやらしく濡れていた。
「あ……あ」
なにも云えないでいると、すっ……、と明城先輩のむっちりと締まった脚が優雅な動作で伸びてきた。
「いぎっ?!」
そのまま顔を挟みこまれた。
ぎりぎりと、太ももで圧搾され、頬骨が軋んだ。
「ああ……相原さんの息ぃ、熱い……ですっ」
「ぃ、ぎ、ぁああああっ?!」
太ももでぼくの頭を潰さんばかりの力で絞めあげながら、明城先輩は恍惚とした声をあげていた。
目の前では、先輩の女陰と“女根”が、ひくひくと疼いていた。
「あ、相原さん……もう、私、限界ですっ」
脚の力を一切緩めないまま、明城先輩は張りつめた巨根をつかみ、はさんだぼくの顔のまえに持ってきた。
「はぁはぁ……このまえみたいに、口で慰めてくださいっ!」
「い、いや……、っ?! ひぎ、あぁぁぁああああっ?!」
目の前でビクビクと震える肉茎に、生理的な嫌悪感から顔を振ろうとしたが、やわらかいが力強い太ももにググッと力がこもって、目を背けることも許さない。
明城先輩は片手でペニスを扱くように持ちながら、空いた手でぼくの髪をつかみ引き寄せていった。
ぐにっ
唇に、極太の亀頭が触れた。
「口を、開いて、下さいっ」
太ももに力がこもった。
顎の関節が悲鳴をあげ、口が勝手に開いていった。
そのまま髪を引っ張られ、強引に陰茎を口にねじこまれた。
「ぅ、ぐぷっ?!!」
「あっ、はぁぁぁあぁっ♪
相原さんのお口ぃっ、温かいっ!」
明城先輩が歓喜の声をあげ、太ももを折りたたむようにこじった。
「ぐ、ぅっ、おえっ、っっ?!!」
顔が先輩の股間へと押しつけられ、巨根が口のなかにより深く送りこまれていった。
「男の人の喉にっ、私のものがキスして……蕩けてしまいそうっ」
脚のあいだでもがくぼくを、熱い瞳で見つめながら、明城先輩は自分の大きな胸を揉みしだいていた。
桜色にそまったメロン大の乳房に汗の玉が浮いた。
「あ、はぁ……手が勝手に……動いてしまいますっ」
喘ぎながら、太もも絞めをさらに強めた。
じゅぶぶぶぶっ!
震える亀頭が、ぼくの喉を貫き、食道の壁にカウパーを塗りたくっていった。
「……っ! ……!」
太ももに顔を挟まれ、喉の奥深くまでペニスを挿しこまれて、ぼくは声すらあげられずに、悶絶していた。
脚の力だけで男にイマラチオを強制させながら、先輩は快感に悶えていた。
「相原さんの、お顔……すごいぃぃ……もう、見ているだけで……はぁぁぁんっ♪」
次の瞬間、明城先輩の鈴口が決壊した。
ぶびゅぅぅぅぅぅっ!!!!!
どぼどぼどぼどぼどぼっ!!!
食道に直に大量のザーメンを流しこまれた。
「あはぁぁぁぁあぁ……っ」
たっぷり10秒はイキつづけたあと、明城先輩は脚の力を緩めた。
ぼくの頭が、ゆっくりと地面に落ちた。
ずるずる、とぼくの口から柔らかくなった海綿体が吐き出されていった。
「はぁ……素晴らしかった、ですよ」
口からザーメンをこぼしながら仰向けでぴくぴくと痙攣しているぼくを見下ろして、明城先輩はため息をついた。
そして、おもむろに服を脱ぎだした。
ブラウスとスカートを丁寧に畳み、ブラジャーを外した。
ぷるん、と震えて、乳房がこぼれた。
「ふふっ……相原さんの今の姿、鏡で見せてさしあげたいです♪
とても扇情的で、何もしていないのに、もう私……」
むくむくと、明城先輩の股間で、陰茎が勃起しだしていた。
しばらく、うっとりとぼくを見下ろしていたが、
「えい♪」
とつぜん、ぼくのお腹の上に飛び乗った。
「げふぅっ?!!!」
ぼくの身体が、くの字に曲がった。
胃に注ぎこまれたザーメンが逆流して、喉へとせりあがった。
「ふふ、ふふふ……っ♪」
ぼくの上で、ゆっくりと腰をグラインドさせながら、明城先輩が笑った。
「これでもう、相原さんは、私のものです」
明城先輩は熱をもった陰唇をこすりつけるようにして、ぼくの上をなぞっていった。お腹のあたりから、胸のあたりまで、しっとりと跡が残った。
「ぁ、ひ……」
さきほどの暴力的な口淫で、顎に力が入らない。
ぼくの身体は、完全に明城先輩の肉体のまえに屈服させられていた。
「さあ……戯れの時間はお終いです。
深く、もっと激しく、濃密に、愛し合いましょう」
一糸まとわぬ明城先輩が、ぼくを見下ろしていた。
「……ぁ、ぇ? “たわむれ”……? “もっと、はげしく”?」
ぼくはかすれた声でつぶやいた。
目の前には、反りかえった陰茎がそそり立っていた。高みからどろりと白濁の混じった先走りの露をこぼれて、びちゃり、ぼくの顔を汚した。
「ええ。
これから、たっぷりと、相原さんのことを愛してさしあげます。
だれにも、邪魔されることなく……っ」
明城先輩は、喜びに震える声で、云った。
「もう……やめ、て……云うこと、聞きますから……無視も、しませんから……。もう、なにもしないで、くださいぃぃ……っ!
これ以上、なにかされたら、死んじゃう……おねがい……です」
裸の女性に馬乗りにされながら、ぼくは涙をこぼしながら命乞いをした。
「“死んじゃう”……?」
明城先輩が首を傾げた。
「そ、そうです……ぼくのこと、好きなら……こんな、乱暴なことはもう――」
云いかけたとき、気がついた。
明城先輩の息が荒くなっていた。肌が、ますます鮮やかに、桜色になっていた。陰茎がびくりと震えていた。
「素敵……」
明城先輩は恍惚とした表情で、一言つぶやいた。
「せ、せんぱい?」
ぞくりと背筋を冷たいものが走った。
ぐぐ ぐぅぅぅっ!!!
何の前触れもなく。
明城先輩がむしゃぶりつくようにして、ぼくの首に手をかけていた。
「ぐええええっ?!!」
襟締めとも、片手絞めとも、太もも絞めとも違う。
ぐじゅ ぐぎぎぎぃぃぃっ!!!
何の技巧もなく、ただ単純に首を手でつかまれ、力まかせに喉笛を指で潰された。
「んんっ!! あ、相原さんの首ぃっ、首っ!!
柔らかくてっ、すべすべしてっ、ドクドクいってますっ♪
喉仏の感触もっ、ぐにぐにぃぃっ、ってしてるっ♪
あはぁぁぁぁっっ!! 好き好き好きっ! 大好きですぅぅっ!! 相原さんっ、相原さんっっ!!」
「ひぎぃっ?! あがぁぁぁっ!!!」
とつぜんの凶行に、ぼくは打ち上げられた魚のようにもがいた。
剥き出しになった明城先輩の腕を引っ掻いた。柔らかい皮膚に、赤い線が残ったが、先輩はかまわず、しゃにむにぼくの首を絞めつづける。
がん! がんっ!!
明城先輩の指が首に食いこんで、そのまま頭を激しく揺さぶられた。後頭部が、何度も床に叩きつけられた。
「もう、はなさないっ!!
ずっと、ずっと、ずっとぉぉぉっ! 両手で、つかんで、力一杯絞めたかったんですからぁっ!!」
「ひぁ、ぁ、ぃぎぃぃぃっ……!!!」
獣のように身を震わせながら、馬乗りで絞めつづけてくる明城先輩。
「あはぁ、すごいっ♪ 白目剥いてるっ! 舌が飛び出してるっ!
私の手のなかで、相原さんの魂が、悲鳴をあげているっ!!」
明城先輩が嬌声をあげた。
「あ、ああぁん……っ♪」
どさっ
「がっ……!! ああ……っ、かふぅっ?!」
始まりと同じく、とつぜん首絞めから解放された。
「げほっ、げほっ! かはっ! おええぇえぇっ……!!」
痙攣し、血の混じった泡を吹きながら、ぼくは嗚咽をあげていた。
絞められていた時間自体は、さっきまでと比べて短いものだった。
けれど、首にかけられた殺意の質が、それだけで人を死に至らしめるくらい凶暴で、激しいもので……あとから、あとから涙が出てきた。
ズボンにじんわりと染みができていく。気づかないうちに、失禁していた。
「はぁ……! はぁ……!」
明城先輩も、自分をかき抱くような恰好で、肩で息をしていた。
腕にかかえられ強調された胸の肌が、激しく波打っていた。
整えられた黒髪が乱れて、表情が見えなかった。
「相原さん……」
「ひぃぃっ?!!!!」
明城先輩がぼそりとぼくの名を呼んだ。
純粋な恐怖で、息が一瞬止まった。
「――これで、わかりましたか?」
「あ、あ……な、な……」
何を聞かれているのか、まったく理解できなかった。
ただ、金魚のように口をパクパクさせることしかできなかった。
そんなぼくを、明城先輩は熱に浮かされたような瞳で、
「私は心の底から――あなたを、殺したいんです」
思考が止まった。
言葉の意味が、理解できなかった。
「昔から、私は、人を好きになると……その人の魂まで、自分の手の中に収めたいと、思ってしまうんです」
呆けているぼくにかまわず、明城先輩は遠くを見るような目で独白をつづけた。
「……」
ぼくは、ただ先輩の言葉を聞くしかできなかった。
「ずっと、そばにいてほしい。ずっと、笑っていてほしい。ずっと、幸せでいてほしい。
そう想える人に出会うと、私は……いつも、自分を抑えられなくなるんです」
明城先輩が、すっ、とぼくの頬に手をあててきた。
「今すぐ、飛びかかって、その人の首を絞めてみたい。
ぐったりと動かない、愛しい人の亡骸を、胸のなかで抱いていたい。
そんな、衝動に……駆られてしまうんです」
優しくぼくの頬を愛撫しながら、先輩はつづけた。
「そのように相反した愛情を、なぜ抱いてしまうのか。
自分でも理由はわかりません。
ただ、私の愛が人間社会のルールに反することぐらいは、知っています。……知っているだけで、理解はできないのですが。
それでも、自分を律することを覚えました。最近では、時折、この『夢殿』で甘い夢想に浸るくらいで……バランスを取っていたんです」
明城先輩の手が、ゆっくりと、頬から首のほうへと移っていった。
「けれど、相原さん……」
つつーっ、と首の筋を、明城先輩の爪がなぞっていった。
「相原さんと出会ってから、もうだめなんです……。
楽しい時を一緒に過ごさせていただきながら、頭のなかでは、ずっと相原さんを殺すことを考えているんです。
お気づきでしたか?
相原さんからキスをされたとき――私はあなたを抱きしめていましたね。
それは、あなたの首の骨を折ろうとする片腕を、もう片方の手で懸命に抑えていたんです……」
「そ……そんな」
明城先輩の息づかいが、荒くなっていた。
「そして夢のなかでは、何度も何度も……。
何度も、何度も、何度も何度も何度も……!
何度も、相原さんのやわらかい肉に爪をたてて、首に指を食いこませて……骨が折れるまで……しめつづけてっ!
折れても、首を絞めて……はぁぁ、んぅぅっ……」
ぼくの上で、明城先輩が小さく悶えた。
先輩がまたがっているあたりのワイシャツがくしゃくしゃになり、夜陰からにじんだ蜜が染みをつくっていった。
「やがて、ぶつりと首が千切れます。そして……首だけの相原さんにキスをするんです。
ああ、なんて素敵っ……」
もはや、明城先輩は昂奮を隠すことなく、火照った身体を、自分の手で慰めていた。敏感な部分がビクンビクンと激しく脈打って、露をとめどなく垂れ流していた。
「本当は、いますぐ相原さんを……貫いて、抱きしめてっ、腕のなかでっ、絞め殺したいんですっ!」
「ぁ、ぅ……ぁ」
肌を上気させた明城先輩の下で、ぼくは蚊の鳴くような声をだした。
「はぁ……はぁ……。そう、怯えずとも……ふふっ。相原さんを、そう簡単に、殺したりなんか……あぁ♪」
明城先輩のすらりと長い指が、蜘蛛のようにわきわきと動いた。
「はぁ、はぁ……簡単に殺したりなんか、しませんから。夢とちがって、殺したら、それきりですもの……」
ぽたっ ぽたっ
そそり立つペニスのてっぺんから滴がこぼれて、ぼくの喉のあたりに点々と痕をのこした。
「ひっ……や、やだ……っ、帰して……帰してくださいっ!」
ぼろぼろと涙をこぼしながら、ぼくは逃げ出そうとした。
「暴れないでください。もう、あなたは私のものなんですから」
しかし、明城先輩は馬乗りになりながら、かける体重を微妙に移動させ、ぼくの身体を押さえつけてしまった。
なおも、絶望的な抵抗をするぼくに、明城先輩は一言、
「逃げたら、殺します」
びくっ、と全身が硬直した。
「私はもう……魂の底から、あなたのことを愛してしまっているんです。あなたに否定されても、私はあなたを決して手放しは……」
明城先輩が、静かに、ぼくの首にむかって手を伸ばしてきた。
「や、やだ……死にたくないっ!
やめっ、やめて下さいっ!!!」
恐怖に顔を引きつらせながら、必死で命乞いをした。
しかし、先輩の手は止まらず――
「……っ! え……?!」
ぼくの乱れた襟もとを正した。
「あまり、相原さんの扇情的なお姿を見ていると、また……私の性が疼いてしまいますので。じっとしていて、下さいね?」
「――っ」
とりあえず、明城先輩は、本当にぼくを殺す気はないらしい。
少しだけ、身体の緊張が解けた。
「これしかないんです……相原さんにとっても、私にとっても」
さっきからの凶行に、ゆるゆるになっていたネクタイをいったん解きながら、明城先輩はつぶやいた。
「相原さんのために、屋根裏に部屋を作りました。
そして、丈夫な縄も用意してあります」
え?
「な、縄?」
「はい。相原さんを縛って、屋根裏に閉じこめます。
そんな必要は、本当はないんです。
その気になればいつでも、私は、相原さんを捕まえられますし、殺す……んっ……こともできるんです」
ネクタイをゆっくりと結び直す明城先輩の手が、かすかに震えていた。必死で昂奮をおさえているような、手つきだった。
ぼくはもう、先輩のなすがままになるしかなかった。
「はぁはぁ……そう、いつでも、殺すことは……。
で、でもっ、私は相原さんとずっと一緒にいたいんですっ。
だから、目に見える形で、相原さんを束縛しておくんです。
そうすれば、さきほどのように激情に駆られることは……おそらく、ないと、思いますから……」
ネクタイを結びながら、ぼくを拘束する様を夢想しているのか。明城先輩は愛おしそうに、ぼくを見下ろしていた。
「そうやって、毎日毎日……相原さんを愛でるんです。
殺さないように、でも、殺すほど、強く、抱きしめて……」
「え」
ネクタイをしめる明城先輩の手に、力がこもった。
じくん、と首が痛んだ。
「せんぱ――」
きゅっ……!
もう、ネクタイが首に食いこんでいた。
「あ、あぁぁぁあっ?!! げ、ぇぇぇぇっ!!!!」
「ふふ……ふふふっ。
相原さん、苦しいですか? 苦しいですよねっ?!
私も苦しいんですっ! あなたを今すぐ、この手で絞め殺したいのを、耐えているんですっ!!
ハァ……また、そんな可愛い声、出されるんですね……。
もっと、聴いていたいんですけれど……落してさしあげます。
でも、つぎにお目覚めになられたときは、もっと、激しく愛しあいましょうっ。
これから先も、ずっと、ずっと、変わらぬ愛を誓って……んんっ……あ、そんなに、暴れないでくださいっ! 下から振動を加えられるとぉ、あんっ♪ 力の加減をっ、間違ってしまいますっ!
はぁ、はぁ……そうです、私に身を任せて。すぐ気持ちよくなれますからね……?
ふふっ。おやすみなさい、相原さん――」