○屋根裏2

 

 西日が目に染みる。

「……はっ?!」

 ぼくは、まどろみから急速に覚醒した。

「あれ?」

 えっと。

「なんだっけ」

 なぜか記憶が、あいまいだ。

 何度かまばたきをしながら、目に飛びこんでくる赤い残照を弾いてみる。

 陽のかたむき加減からして、さっきからそれほど時間は経っていないようだけど……。

 ……。

 “さっき”?

 

 ぎぎぃ……

 

 首の関節が錆びてしまったようなぎこちない仕草で、横を見る。

「ふふっ……。

可愛らしい寝顔でした。いつまでも見ていたいくらいです」

 一糸まとわぬ姿の明城(あきしろ)先輩が微笑んでいた。

「あ、あああ……」

 喉の奥から息が漏れて、かろうじて意味のとれる単語をつむぎだす。

「あきしろ、せんぱい」

「はい、なんでしょう」

 添い寝する姿勢のまま、先輩が微笑してうなずいた。

「許して下さい」

 ぼくは速攻で謝った。

「あの……なにをおっしゃっているのですか?」

 先輩はこくんと首をかしげた。ほんとうに、不思議に思っているらしい。

「だから、あの、その。あれは寝たふりとかじゃなくて、ちょっと夕日が目にしみたんです。

 決して、先輩のことを無視してたわけじゃないんです。許して下さい」

 くすくす。先輩がおかしそうに笑う。

「ふふ。大丈夫ですよ。ちゃんとわかっていますよ。

 そういうお茶目なところも、大好きですよ」

「……ほ、ほんとうに、怒っていません、よね?」

 すっ、と先輩は身をよせてきた。肌と髪の匂いが、鼻をくすぐる。

「怒るだなんて……ふふっ。

私が相原さんのこと、だれよりも想っていること。知っていらっしゃるでしょう?」

 おでこが軽く触れる。先輩の瞳に、吸いこまれそうになる。

「はい……知ってます……先輩」

 ぎこちない返事をする。

 ついさっき、“おとされた”ばかりなので、頭がガンガンと痛む。

首にはまだ、先輩に立てられた爪の感触が残っていた。じくじく、と熱がこもって、うずく。

「それで、あの、先輩」

「はい」

 すりすり。先輩は優しくぼくの頬を愛撫している。

「縄……ほどいて、くれませんか」

 ぼくの両手両足は、丈夫な麻縄で縛りあげられたままだった。

「あら?」

「……その、トイレ、行きたいんです。

 なんか、一日がまんしていたせいで、お腹が痛いんです」

「あらあら」

 先輩はちょっと困ったような声をあげた。

「……じつは、お腹も冷えてて、限界っぽいんです……」

「それは、お可哀そう……。

でも、オムツのなかにして頂いても、構いませんのに」

 季節は秋。大きなダブルベッドのうえで、ぼくはオムツ一丁のまま縛り倒されている。

「いや、それは、ちょっと……」

 さすがに云いよどむと、先輩は意志の強そうな眉を、きりっ、とさせて、

「だ、大丈夫です。本を見て、しっかりと勉強しましたから!

 相原さんのお世話なら、私はよろこんで……」

 そういう問題じゃなくて。

「あの、やっぱり、トイレでしたいんです。

 この姿勢もつらいんです。おねがいします……」

 われながら、精も根もつきた声だった。

「そうですね……。

 わかりました。相原さんが、そうおっしゃられるのなら」

 先輩は逡巡してから、足首と手首に巻きついた縄をほどきはじめた。

「っ……痛ぅ……」

 血行も鈍くなっているから、痛みも感じなくなっているかと思ったけど、縛められていた部分がじんじんと痺れた。

「相原さん。おひとりで、大丈夫ですか?」

 ベッドから立てないでいると、先輩が心配そうに云った。

ほんとうに、母親が子を慈しむような、優しい声音だった。

「う、く……だめ、です。痺れて、感覚が……」

 力が、ぜんぜん、入らない。

「はい、お肩を失礼いたしますわ」

 わきの下から先輩の腕がからみつき、ベッドから抱きおこされた。

そのまま先輩に身をあずけるような形で、よろよろと歩きだす。

先輩はぼくより上背がある。糸がからまったマリオネットみたいな姿勢で、ひょこひょこ歩く形になった。

ぼくの腕をかつぐようにして、先輩は体重をささえている。

「あら。青あざに、なっていますね」

 支えた姿勢のまま、先輩が指でかるくさすった。

……くっきりと手首に刻まれた、縄の痕を。

 

 ずきん

 

「っ、いっ、痛っ?!

 せんぱいっ?! そんなところ、さわらないで、くださいっ!」

 ちょっと指でこすられただけだった。けど、手首にするどい痛みが走り、悶絶しそうになる。

「ああ、ごめんなさいっ。

痛みますか? 痛かったですよね?」

 あくまでも、心配するような声音だった。

……でも、たがいに裸で身をよせあっているので、はっきりとわかった。先輩の心臓が、とくん、と楽しそうに跳ねたのが。

「私ったら、迂闊なことを……。さあ、早く、お手洗いに参りましょう」

「……」

だまって、先輩にうながされるがまま歩きだす。

小柄なぼくとはいえ、50キロは超えている。それを、先輩は軽々と支えている。この柔らかい体のどこから、そんな力が出るのだろう。

「相原さん、歩きづらそうですね。

抱っこしてさしあげましょうか?」

「い、いいですっ」

 屋根裏部屋は、直方体に三角柱がのっかったような、積み木のお城みたいな形をしている。

 正面には鍵のかかる扉があって、細い廊下につづいている。

 出入り口の正面に、レースのカーテンがかかった窓。

 そして側面のひとつに、バスルームを仕切る扉がある。

「ん……」

 ぼくの腕を肩でかつぎながら、先輩は器用にバスルームのドアノブを回す。

「相原さん……はい、そうですよ。御足もとにお気をつけて……」

 足もとのタイルが、素足にひやりとした。

 誘われるように、便座に座る。オムツはまだつけたままだ。

 バスルームの内装は、屋根裏部屋の白を基調にした落ち着いた雰囲気にくらべ、殺風景だった。パイプや換気扇などが剥きだしになって、うねうねと壁や天井を這いまわっている。

 もともと一部屋だった屋根裏に、敷居を作って、ユニットバスを急ごしらえしたからしようがないのかもしれない。

 ぼくを監禁するために、必要上できた、不自然な部屋。

「先輩……」

 まだ真新しい便器に腰かけたまま、おずおずと切りだす。

「はい」

 にこにこと、先輩があいづちをうつ。じっと、便座に座ったままのぼくを見つめてくる。

「見られていると、あの、できません……」

「あら」

 すこし意外そうな声をあげる。

「でも、私、相原さんをきれいにしてさしあげたくって」

 ……説明になってませんけど。

「粗相をして、相原さんのお腹を汚してしまいましたし……」

 ぼくのお腹を見ながら、先輩は云った。

「……」

 ぼくの腹には、糊のようにねっとりとした汁が付着していた。どこからか吹きこんでくるすきま風で、特にひやりとする。

 秋の乾燥した風に、汁は固まりだして、かぴかぴになっていく。

 ……さっき、ぼくが失神する直前、先輩にぶっかけられた“ザーメン”だ。

「それに、相原さんが御用を足すところ……拝見したいとも、思いまして」

「え」

 明城先輩の顔を見た。

「あら、私ったら、ついはしたないことを……っ。

 うう、恥ずかしいですわ……」

 かぁぁっ、と赤らめた頬を手でおさえて、先輩は顔を伏せる。

「……」

 先輩の仕草は、いかにも良家のお嬢様のようなふるまいだった。

 けど、ふつうのお嬢様は、スカトロ趣味を告白しないと思う。

それに、全裸だし。

局部もまる見えのままだし。

30センチは優にある巨大な陰茎は、なぜか、むくむくと勃起しかけているし

「あ、相原さん。それは、とにかく。

このまえみたいに、お風呂で洗いっこをしませんか?」

 ぼくのモヤモヤなど気がつかない様子で、笑顔でたずねてくる。

「えっ?!」

 ぞくり。背筋が冷たくなった。

すきま風のせいだけでは、ない。

「おねがいです、先輩。ちょっと、今日は勘弁、してください。

 ちゃんと、自分で洗えますから……」

「あら」

 ちょこんと先輩が首をかしげた。

 

 ……まえに、明城先輩にお風呂のなかで洗われているとき、溺死しそうになった。

 湯船のなかであばれるぼくを、子猫を強引に洗う少女のやり方で、先輩は抱きしめてはなさなかった。

 水中から見上げる先輩の顔は、光の加減でゆがんでいたものの、たしかに笑っていた。

 

「……そう、ですね。

残念ですけど、となりの部屋でお待ちしていますわ」

 にこりと笑って云う。

 くるりと踵をかえす。

 そして、なにげない調子で付け加えた。

 

「一緒にお風呂に入るのは、また、あとで――」

 

 ぱたん

 

 静かに、戸が閉まった。

 ひとり、便器にこしかけるぼくがとり残された。

「……“また、あとで”?」

 たしかに、そう云った。

 がくがくと、足が勝手に震える。

「また、汚されるってこと……?」

 お腹を、無意識にさすった。ぱりぱりになった“ザーメン”の欠片が、はがれてこぼれた。

「やっぱり、逃げられない……」

 わかりきってはいた。

 だって、たしかに見た。

 明城先輩の、女性的な曲線をえがく肢体から、突き出た『異物』。

陰部から天にそそりたつ、凶悪なフォルムの『陰茎』が、びくん、と嬉しそうに跳ねたところを。

「今日も……無茶苦茶に、犯される……」

 口に出すと、絶望感はより深まった。

逃れられない凌辱。

 便器のうえで、呆然と天をあおいだ。

蛇のようにうねうねと天井を這うパイプしか、見えなかった。

 

 明城先輩は両性具有者だ。学校で知っているのは、ぼくだけだ。

 

 初めて、先輩の身体の秘密を知ったのは、一カ月まえ。

 もう、何年も前のような気がする。

 それは、ぼくが初めて髪を金髪に染めた日で。

 先輩の家に初めて招かれた日で。

 秋晴れの空で、どこにも予兆などない、脳天気なほどに晴れわたった日のことだった――

 

 

ぼくが屋根裏にいる3つの理由 【2】

 

 

●回想2−破局の理由(1)

 

 その日、ぼくたちは、ふたりだけで昼食をとっていた。付き合いだしてから、二週間。初めて、といっても過言ではないくらい、静かな雰囲気での食事だった。

「はい。

 あ〜ん、ってしてください」

 明城先輩がさしだす箸の先には、ふんわりとした玉子焼きがはさまれていた。もったいないことに、先輩の手作りだそうだ。

「あ、せ、先輩」

 いきなりの先制攻撃にあたふたしながら、あたりを見回す。

 だれもいない。

そりゃそうか。いまは使っていない焼却炉がある裏手だもん。用務員さんもあまり来ないデッドスペースだし。

「相原さん?」

 玉子焼きを箸でつまんだまま、こくりと先輩が首をかしげた。

「は、はいっ! ただいま、いただかせていただきますっ!!」

 ばくっ、とカラスみたいに口で箸から玉子焼きをかっさらった。気恥かしくも、甘い味が口のなかいっぱいに広がって……。

「けふっ?!」

 そして、むせた。玉子焼きの一片が気管支に入ったのだ。

 あわてて口を手でおさえた。先輩の手作り料理を、塩ひとつぶだって吐き出したくなかった。

「えふっ……うぐ……」

「ふふっ。まだたくさんありますから、ね?」

 あらあらと、先輩はお茶を差し出してくれた。ふるえる手で受け取った。

「でも、相原さん。どうしてなのですか?

 とつぜん、このようなところで一緒に昼食をおとりになりたいだなんて」

 先輩は不思議そうに、鉄の化け物みたいなシルエットの焼却炉を見た。

 たしかに、あまり、恋人どうしがランチタイムを楽しむ場所ではない。

「……おふっ、ごくん……」

 先輩からもらったお茶を飲み干して、ひとごこちつける。

「ふぅ。

 いえ、じつは、せっかく先輩と、恋人……になれたのに、なんか落ちつかないというか、プレッシャーというか、甘い雰囲気にひたれなかったもので……」

 そこまで云うと、

「えっ」

 先輩は切れ長の瞳を丸くした。

「そ、そのような不快な思いを、相原さんに……!」

 形のいい眉を曇らせたので、ぼくは慌てて、

「断じてちがいますっ! 先輩には何の不満もありませんからっ! ていうか、先輩は最高の女性ですからっ!!

 た、ただっ、先輩は、すごく目立つんで、野次馬がうるさいんですよ。

ほら、あまり、二人きりになれなかったじゃないですか」

「そう、なのですか?」

 ほぅ、と先輩は小さく息をついて、胸をなでた。

「よかった……。

でも、そんなに人目をさけなければならないものでしょうか?

他の方々にも、隠すようなやましい関係ではないのですし」

 さすが、注目されることには慣れている先輩。あれだけの人数にかこまれての食事も、なにも感じていなかったらしい。つくづく、器が大きいひとだ。

「そうなんですけど、先輩のファンは多いですから。……視線が、怖いんです。

 その、まるで、ぼくが先輩を……ど、独占、してるみたいに見えるらしくて」

 しまった……。

 おもわず口をついて出た“独占”ということば……すっごい、恥ずかしい。

「ふふっ。

 相原さん、ときどき大胆なことをおっしゃいますね?」

「す、すみませんっ! 調子にのってましたっ!」

 慌てて先輩の方に向き直ると、色白の頬を朱に染めていた。

 あれ?

「じつは、私も、です」

「え?」

「私も……。

相原さんを、独占できたらいいなと、思っていました」

「あ……あはははっ! そ、それは、気が、気があいますねっ?!」

 心臓がばくばくと高鳴ってきた。先輩の方を、うまく見られない。

 先輩も、視線を高い秋の空へと移したようだった。

 

 かさ……

 

 早くも色の変わった紅葉が一枚、地面に落ちて音をたてた。

 ハンカチをしいた昇降口に腰かけて、膝に弁当箱をのせたまま、ぼくたちは静かに雲が流れるのを見ていた。

「二人きり、ですね」

 先輩がぽつりとつぶやいた。

「もっと、二人きりの時間を持てたら、素晴らしいでしょうね……」

 それは、ぼくも心の底から同意見だった。

 でも……。

 そうなる前に、ただ一つ、聞いておきたいことがあった。

 言葉にすると、今の関係が、蜃気楼みたいに消えてなくなってしまいそうで、聞けなかったこと。

 野次馬に追っかけられ、友人に囃したてられながら、喧騒のなかでうやむやにしていた、ひとつの重大な疑問。

「……先輩」

 意を決して、切りだした。

「はい」

 先輩が微笑みかけてくる。

「どうして、ぼくなんですか?」

「?」

 先輩はこくりと首をかしげた。日本人形のように美しい黒髪が、かすかに揺れた。

「先輩みたいに、きれいで、頭もよくて、家柄もいいひとが……なんで、ぼくみたいな、ふつうの男を……恋人なんかに、選んでくれたんですか」

 

 ばかみたいだけど、ぼくにとっては重要な問題だった。

 告白したのはぼくだけど、正直、それほどマジメなものだったとは思えない。

 ただの記念作りのような、芯のない告白が、なぜか成功してしまった。

 最初は信じられなくて、つぎに飛びあがるほど嬉しくなって、優越感じみたものまでわいてきた。

 でも、日に日に冷静になっていく。

 “本当におまえは、明城先輩にふさわしい人間なのか”。

周りは無言で責めたて、ぼくも自問自答を繰り返した。

 ぼくのような普通の男子が珍しくて、思わず告白を了承してしまったのではないか。

 先輩は優しい。だから、ぼくとの『恋人関係』を責任感から続けているのではないか。

 もし、そうなら……ぼくは、身を引こうと思っていた。

 

 ぱちぱちと明城先輩は瞬きをしてから、

「相原さんはとても魅力的な男性ですよ」

 はっきりと云った。

美しいくらい、凛とした声だった。

「え、う?」

 ぼくはといえば、変な声を出してしまっていた。

 そんなことを云われたのは初めてだった。

 小柄で童顔だったせいで、ずっと“チビ”だの“おかま”だの云われつづけていたし。

 女子からの最高に好意のこもった言葉も、“相原くんって、カワイイ顔だよね”“あたしが男だったら、ぜったいカノジョにしてるのになー”とか……。

 それを明城先輩は――

「せ、せんぱいっ! それって」

「相原さんのお顔を目にさせていただくたびに、胸が高鳴ってしまいますわ。

 とても、愛らしくて♪」

 ……。

「え」

「私は末っ子なのですけれど。まるでができたみたいで、とても嬉しいんです!」

「い……いもうと、ですか?」

 それは、“男性の魅力”とはちょっと、いやかなり違うと、思う。

 ここは、“彼氏”としてなにか一言いわなければ……っ!

「あ……その、ありがとうございます」

 妥協した。

 

 こんなことくらいで、明城先輩のことを捨てるわけがない。

 

 ぼくを家族のように想ってくれているというのは、確かみたいだし。うん。

強引に自分を納得させた。

楽しそうに先輩はつづけた。

「それに、肌もほんとうにお綺麗で……女の私でも、嫉妬してしまうくらいです」

「そ、そうですか? たしかに母親ゆずりだとか、よく親戚にいわれますけど。

 でも、先輩の肌にくらべたら。こんなのぜんぜんっ、大したことないですよ」

 大理石のようにきめ細やかな肌を見ながら、云った。

 さわってみたいけど、指紋をつけたら大変だ。そんなことを真剣に心配するくらい、きれいな肌だ。

「ふふっ。ありがとうございます。

 でも、廊下ではじめて相原さんとお会いしたとき、ほんとうに見惚れてしまいましたわ」

 ……これはたぶん、ぼくが初めて先輩を間近で見たときのことを、云っているのだろう。

 あのとき先輩は、後輩の女子たちに囲まれながらも、お姫様のように悠然と廊下を歩いていた。

 通行人Aでしかなかったぼくは、ぽけーっと、見とれていたのだが……

「ぼくの、気のせいじゃなければ……あのとき、先輩、微笑みかけてくれましたよね?」

「まあ、そのようなことを覚えていらっしゃったのですか?」

 それは、もう。

だってあの瞬間、ひとめぼれしてしまったのだから。

「私もよく記憶しております」

 先輩はまた、わずかに頬を染めて、

「あの日は、まだ残暑きびしい折でしたね。

そのせいか相原さん、かなり大胆なご格好をなされていましたわ」

「え? そ、そうですか。

 たしかに、第2ボタンくらいまでは外していたような気がしますけど……」

 男子ならそれくらいはふつうだと思うけど……。やっぱり、良家の子女である先輩にはだらしなく見えたのだろうか?

「襟もとから、相原さんの首筋があらわになっていましたよ?

 私、胸の高鳴りをおさえるのに必死でした」

「くびすじ、ですか?」

 そんなところが先輩の目をひいたなんて、予想もしなかった。

 それに“胸の高鳴り”って……?!

「恥ずかしながら、むかしから、なぜか男性の首筋に弱いんです。

 見ているだけで、体が火照って、熱くなってしまうんです」

「えっと。そう、なんですか」

しとやかな先輩からの刺激的な発言に、なんだか落ちつかなくなってきた。ごまかすように、首筋に軽く手を当て、さすってみた。

 先輩はますます熱を帯びた口調で、

「相原さんは色白ですから、青い血管がうっすらと見えるんですよ。すぅ、っと。

色の対比が、とても鮮やかで、ついキスをしたく……」

 と、先輩はそこまで云って、かぁぁっと色白の頬を赤らめた。

「あ、ああ。ごめんなさい!

私ったら、なんてふしだらなことを口にっ」

 両手を頬にあてている先輩。ふるふる、と打ち消すように頭をふっている。

「いえ、そんな、とんでもない。

なんていうか……いまの先輩、すごく可愛いです」

「い、いじわるなこと、おっしゃらないでください……」

 ちょっとしたカミングアウトに、先輩は耳まで真っ赤にしていた。

「け、軽蔑なさったでしょう?

 いまも、相原さんの首筋を見ていると、ついはしたないことを想像してしまうんです」

 

 もちろん、こんなことくらいで、明城先輩のことを捨てるわけがない。

 

 むしろ、どきどきした。

 いつもは、凛とした美貌の先輩が照れていると、こんなにもかわいく見えるものなのか。さらに、告白のフェティッシュな内容が、妖しい感情をかきたてた。首にそっとキスされているシーンを、もやもやと頭のなかで描く。

「あはは。

こんなのでよろしければ、いつだってキスしていただいてかまいませんよ?

どんと来い、です」

 あげくに調子にのってみた。

 すると先輩が、じぃー、と顔に穴が開くほど見つめてきた。

「あは、ははは……はは」

 もしかしなくても……やりすぎちゃった?

「……よろしいのですか?」

「え」

先輩の目は、真剣だった。漆黒の瞳に、吸いこまれそうになる。

「本当に、キスをしても、よろしいのですか?

 私の、思うままに。身を委ねてくだるのですか?」

 え、え〜っと……。

 思考と身体がフリーズする。舌がしびれて、声にならない。

「お答えにならないと……勝手にキスさせていただきますよ?」

 ふわっ、と先輩の髪がゆれた。

「あ、あきしろせんぱ」

 とん、と唇に指があてられた。

「じっと、していてください……」

 

 ちゅっ……

 

「あ……」

 首に、柔らかい、しめった感触がした。

「んっ、ちゅっ……」

 小さな水音と、熱い吐息。

 秋だというのに、かぐわかしい春のような香りが広がった。先輩の、髪の匂いだった。

「ふふっ。んん……っ」

 先輩は髪を手でかきあげて、ぼくの首筋に顔をうずめていた。

 しずかな学校の裏手に、ちゅっ、ちゅっ、と肌と粘膜が接する音が響いていた。

「あ、ひぅ……」

 ぞくぞくっ、と体中に快感が走った。言葉にならない音が、のどの奥から勝手に漏れる。

 

 ちゅっ……れろっ……

 

 舌が、首の敏感な部分をなぞっていった。

「せ、んぱ……ぼく……っ!」

 ふるふると震えながらも、ぼくはなにもできずに、先輩のなすがままになった。

 壁を背にしているぼくに、おおいかぶさるような姿勢でキスをする先輩。

 制服のブラウスごしに、やわらかい体がぎゅうぎゅうとおしつけられた。

 

 はむっ

 

 わずかに歯が立てられた。肌のうえから、血管にそって。

 まるで、吸血鬼に襲われているかのようだ。そんなことを、思った。

 ちゅう、と唇で肉を吸われながら、こりこりと歯で血管を愛撫されていた。

「ふわ、あ、あ」

 もう、抵抗する気などなかった。

「ちゅぷ、あむ、んん……♪」

 神経に直接、甘く痺れる唾液を流しこまれているような感覚。

 とろん、と目に映る風景が溶けていった。

 

 ……明城先輩がぼくを解放したのは、どれくらい経った頃だったろう。

 

「相原さん」

「ひ、ひゃいぃぃ」

 耳元でささやかれ、ろれつのまわらない舌で返事をした。

「……ふしだらな女だと、お思いにならないでくださいね?」

「そんなこと、ないれす……ぅ」

「じつは私、ひとり暮らしをしております」

先輩は唐突なことを切りだしてきた。

「え。あ、それは、初耳、です」

 なにか事情があるのだろうか。

 キスで蕩けた頭では、うまく思考がまとまらなかった。

「相原さんがよろしければ……ですけれど」

「?」

 云いにくそうに、もじもじとしている先輩。なんだろう?

「よろしければ……今晩、私の家に、お泊りになられませんか?」

「え」

 

 さぁっ……

 

 とつぜんの秋風が、落ち葉を吹きあげていった。

「もし、私の誘いを受け入れていただけるなら……。

 今度は、相原さんから……キスをして、いただけませんか?」

 そっと、先輩が。

目をつむった。

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