○屋根裏1

 

 西日が目に染みる。

「……ん」

 泥の中からすくい上げられたカエルみたいに、ぼくはまどろみから覚めた。

天井がまず目に映った。梁や柱がむきだしの、天井裏の天井だ。

 大きなダブルベッドの上で、ぼー、と天井を見つめる。

もぞもぞと体を動かし、しびれた手足をほぐしておく。気休めにしかならないけど。

 あまり急に動いてはいけない。

 寝ているあいだに、飛んでもない位置まで転がっていて、そのままベッドから転落したことがあった。

 夕日がきつい。寝ぼけ眼に飛び込んでくるので、うっすらと涙がにじみはじめていた。

 目をぎゅっとつむっても、まぶた越しにほのかに赤い光がにじんだ。

「4時……ぐらいかな」

 ぽつりとつぶやく。ひとりごとは、ぼくの癖になっていた。

 部屋に時計はない。太陽のかたむき加減でだいたいの時間はわかるようには、なっていた。

「今日は、何曜日だったっけ……」

 思い出せない。火曜だったかな。

 なら、そろそろ、『あのひと』が帰ってくるはず……。

 

 ぎし…… ぎし……

 

 遠くから板がきしむ音がした。

 図ったようなタイミングだ。

鋭くなったぼくの耳が、かすかな足音をしっかりと拾う。音はだんだんと、この部屋に近づいてくる。

 

 ぎし、ぃぃ……っ

 

 部屋の前で、足音が止まった。

 ぼくはさらにきつく、目をとじた。

 心臓が早鐘のようになっている。

 耳のおくで、ごうごうと音がする。

 

 がちゃり

 

 鍵が差しこまれ、回る音。

 やけにはっきりと聞こえた。心臓が一瞬、きゅっ、と締まった。

 なんで、鍵なんてかけておく必要があるんだろう。

 この部屋のことを知っている人間も。出ていける人間も。だれもいないのに。

 

 きぃ……

 

 時代がかった扉が、軋んで開く。

 ぎぃ、ぎぃ、と足音が近づいてくる。

 ぼくは目をつむったままだ。あまり力をこめず、自然な感じで。

 だいじょうぶ。

 まだ、ぼくは寝ていてもおかしくない時間帯だ。

 足音の主がすぐそばにいるのが、気配でわかる。あごの下の筋肉がこわばりそうになる。寝返りも、うてない。

 目を閉じていても、視線が痛いほど感じられて、背中に汗がにじみだす。

 と、

 

 ぎし……

 

 足音はベッドの周りを移動し始めた。

 ふっ……と、瞼ごしにもきつい西日が遠ざかった。足音の主が、ぼくと窓のあいだにいるためだ。

                  

 しゅる する……

 

 衣擦れの音が聞えだした。

 「あのひと」が目の前で服を脱いでいる。

もう、心臓の音も、聞かれているのではないか。それくらい激しく、胸の奥でドクドクと鼓動がする。

 

 とさ

 

 危うく飛びあがりそうになった。ふいに、つま先に、なにかさらさらしたものが乗せられたのだ。

 金具の感触から、ブラジャーだということがわかった。脱ぎたての下着がもつ、じんわりとした人肌の熱が感じられた。

 

 ぎしっ……

 

 脱衣を終えたらしい。

 ダブルベッドのうえに、もうひとり余分に体重がかかった。

 頭のよこに、手が置かれた。クッションが音もなく沈む。

 ぼくのうえに覆いかぶさるような姿勢になった「彼女」は、やはり何も身に付けていない。

 むきだしになった人肌が発する熱が、汗やほのかな体臭が、鼻をくすぐった。

 心臓が、破裂しそうだ。

 ふぅ……と耳に熱い息がかかる。

「寝たふり、いつまでなさるおつもりですか?」

 くすくすと、楽しそうな声がした。

「〜〜っっ?!」

 ばれていた……。

やっぱり……ばれていたっ!

恐る恐るまぶたを開ける。

「おはようございます、相原さん♪」

唇が触れそうなくらい近くで、明城(あきしろ)先輩がにっこり笑っていた。

 両手をぼくの顔の横について見下ろす先輩は、なにも身に付けておらず、おしげもなく起伏のある肢体をさらしている。普通なら、この上なく、扇情的な光景なのだろうけど……。

 

「ひぃぃぃぃっ?!」

 

 ずさささささっ!!!

 

 ぼくは恐怖のあまり、陸にうちあげられた魚のように身をよじった。

 ベッドから転落したって構うものか!

 とにかくこの場から……っ。

「危ないですよ」

 あっさり、肩をつかまれベッドに押さえつけられる。

「ご、ごめんなさいごめんなさいっ!」

 目に涙を浮かべて、先輩に命乞いをする。

 当の先輩は当惑した表情で、

「相原さん?」

 涙と鼻水でべたべたになったぼくの顔を覗きこんでいる。

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!

「えっと、このくらいのおふざけ、別に気にはしては――」

すみませんっ、ごめんなさいっ! もうしませんから命だけはっ!!!

「あの、ですから……」

 ぼくは必死に謝りつづけた。

ごめんなさいっ!

もうしませんからっ、殺さないで……んむっ?!」

「ふふっ♪」

 とつぜん、先輩の顔が、視界いっぱいにひろがった。

「はじめから、こうすればよかったですわ♪

ん、あむ、ちゅ……」

唇にやわからい感触がしたかと思うと、先輩の舌が唇を割って、口内へとぬるぬると入ってきた。

「んぅぅ……っ!」

 剝き身のたわわな乳房が、やはり裸のぼくの胸板にぎゅっとおしつけられた。

 細長い指であごの下をくすぐられる。

「んん……っっ……」

 寝起きで硬くなった身体を、骨が一本も入っていないかのような柔らかい肉体が抱きしめる。

 口の中を、舌でねぶりあげられ、よだれを送りこまれる。

「ちゅく……ん……♪」

 抱きしめる力が強くなってくる。

 いつのまにか、顎の下をくすぐっていた指が首に巻きついている。きれいに整えられた爪が、肉に食いこんでくる。

「ぅっ……ぅぅぅぅぅっ!」

 くるしい。

 肺の空気を絞りあげるようなディープキス。

ぼくの薄い胸板に、ゴム毬のようにつぶれた形になるくらいまで押しつけられた、Gカップの、先輩の乳房。

 蛇のようにからみつく、柔らかいが、ぜったいに外れない、先輩の四肢。

 頸動脈を、こりこりと皮膚のうえから愛撫する、先輩の爪。

 女体で全身を包みこまれ、そのまま押しつぶされるような感覚……。

「ぅくぅぅぅ……ぅぅーーーーっ!!!」

 窒息の恐怖で、ぼくは暴れた。

 しかし、両手両足を縄でしばられた状態で、なにができるだろうか。

 ビクンビクンと痙攣するぼくの身体を、先輩は軽々とおさえつけ、抱きかかえこむ。

「♪ んっ、ちゅっ、ちゅぷ……」

 愉しそうに口を舌で犯してくる。

 ますますきつく抱きしめられる。

 

 意識が、

遠くなる。

 

「ふふっ♪」

 

 かすんでいく視界。

 ゼロ距離からのぞきこむ漆黒の瞳が、おかしそうに、笑った。

 

 ぐっ!

 

 おおいかぶさっている柔肉に力がこもった。

 たわわなおっぱいはもはや、ぼくと先輩のあいだで鏡餅のように扁平になっている。

 柔らかい先輩のお腹に、ぼくの勃起したペニスがうずまっていく。

 そしてぼくの腹にも、

 

 ごり

 

鉄パイプのような硬い感触の「モノ」が、押しつけられた。

 「ソレ」は、焼けるように熱く、

 

 じゅる……

 

 なめくじのような、粘性のあとを肌のうえに残していく。

「ぃぅぅ……ぁぁぁっ……!!」

 ぼくの喉の奥からかすれた音がするたびに、「ソレ」はどくんどくんと歓喜に打ち震える。

 

 ぐぐっ……!

 

 頸動脈を押さえる指に力がこもった。

 

「ぅ、ぐ、ぅぅぅぅ……っ」

「くす……♪」

 

 ディープキスをしたまま、先輩が笑う。

 すべての音や熱が、いっせいに遠ざかっていく。

 ぼくの腹に押しつけられたカタい「モノ」がビクンと震えた。

 そして熱い粥のようなものがお腹の上にぶちまけられて――

 

 

ぼくが屋根裏にいる3つの理由 【1】

 

 

●回想1−金髪の理由

 

 頭を金髪に染めて登校した朝は、

「……相原? その頭……」

「なにそれイメチェン?」

「う〜ん。相原くんには似合ってないかも」

 あまりいつもと変わりなかった。

 ぼく的にはかなり気合をいれたつもりだったが、みんなあまり興味はないようだった。

 まるで高校デビューに失敗したイタい不良少年のようなあつかいだ。まあ、べつにいいんだけど。

 わしゃわしゃと、自分のものではないような髪をいじりながら席についた。

「おい」

 後ろの席の友人に肩をたたかれた。

「なんだよ、その頭」

「べつに。散髪に行ったから、ついでにだよ」

「ふ〜ん。昨日まで女みたいな髪してたのに。

 あれか? やっぱ彼女ができると、せめて髪型くらいは男っぽくしたいってやつ?」

「……髪型“くらい”とはなんだ。

つぎ、女みたいだとか言ったらぶん殴るぞ」

「はっ! 相原のひょろい腕じゃ、怖くねーよ。

 でも、金髪ってのはいきなりすぎだろ。それに、明城先輩とはつり合いがとれないってゆーか……。

あのひとは、ほら、いかにも“ヤマトナデシコ”って感じだし」

 こめかみが、ぴくり、と勝手に動いた。

「……別れた」

「は?」

「先輩とはもう別れた。だからつり合いとか、そんなんどうでもいい」

「え。あ……そう、なのか?」

 友人は同情半分、気まずさ半分といった表情で、金髪にしたてのぼくの頭をながめながら、

「まあ、なんだ。ほら、ふられてもともとだったんだしさ。

収まるべきところに収まった、ってゆー感じで……まあ、元気出せよ」

「元気満々だ。頭もこんなに輝いている」

「……そうだな」

 友人は黙った。

 ぼくも話したい気分ではなかったので、そのまま机につっぷした。

 

 明城先輩。

 この学園きってのお嬢様で、ぼくの元カノ。

 

 成績はふつう。運動神経も中の下。背もひくい。その上、小学生とまちがわれることもある童顔。

あまりモテる要素のないぼくが、無謀にも、わが校きってのお嬢様である明城先輩に告白したのは、一カ月前のことだった。

(どうせ無理だろうけど、もしかしたら……いや、無理なのはわかってるけど、なんかの気まぐれで……)

 そんな、せこいことを考えていた。

 だから、

 「こちらこそ……ぜひ、お付き合いさせてください」

  ぺこり、と先輩におじぎをされたとき、

「へ?」

 と、間抜けな声をあげて一分間くらい固まったのは、しかたがない。

「え、本当に、いいんですか? ぼくで? え?」

 何度も確認したが、

「私も、前から相原さんのことが気になっていたんです。

 それを、相原さんのほうから選んでいただいて……ありがとうございます」

 先輩は桃色の唇に微笑をためた。

(え、嘘? 先輩、前からぼくのこと知ってたの? どうして? ていうか、オーケーなの? マジで?)

 ……この日は、どうやって家に帰ったか、おぼえていない。

 

 さて。

 天にも昇る気持ちだったが、現実はそう甘いことばかりではなかった。

 

 ピロティのベンチでいっしょに昼食をとったり、たがいに手を握って肩をよせ下校したりと、夢に描いていた先輩のいる生活を満喫する……余裕なんて、ぜんぜんなかったのだ。

 なぜなら、どこにいても、かならず、だれかがぼくたちを……いや、正確に云えばぼくだけを、羨望と嫉妬と怨嗟のこもった目でにらんでくるからである。

先輩に告白しては玉砕していった運動部のエースたちや、その取り巻き。いかにも遊んでいそうな茶髪集団。レアなところでは“お姉さまぁー♪”と先輩をストーキングしている後輩の女子たちや、はては他校の生徒たちにまで、もう、あらゆる人間が殺意すら感じられる視線でにらんでくる。とても、浮かれている場合ではない。

 なんで、こんなやつが?

かれらの目は一様にそう語っていた。

ぼくにしたって、どうしてだろう、といつも首をひねっていたんだから、答えようがない。

それでも、ぼくは――

 

「相原さん」

 

 鈴が鳴るような声で名前を呼ばれると、心臓が高鳴った。

 

「ふふっ」

 

 先輩が微笑むと、胸が甘くなった。

 

「……キスをして、いただけませんか?」

 

 ただ、先輩といるだけで幸せだった。

 幸せだった……。

 

 

 ……。

 

「おい、金髪頭!

 HRの時間はとっくに始まってるぞ。起きろ!!」

 

 ぱしーん

 

 散髪したての頭を叩かれた。

 あわてて机から顔を起こす。

「まったく、青春だからって浮かれてるんじゃないぞ」

 担任だった。

 いつのまにか、眠ってしまっていたらしかった。

 まわりでくすくすと笑い声がした。

 

 明城先輩は、学校一のお嬢様で、有名人だ。

 いまどき珍しい、腰まで届く烏の濡れ羽色の長髪。

 周りの一般生徒とは一線を画す、古式ゆかしい物腰。

 小さい頃からやっていた武道の鍛練で、美しくしまった四肢。にもかかわらず、出るところは出ているという、お得な身体。

 当たり前のように成績も全国でトップクラス。

つけくわえれば、先輩の家は学校に多額の寄付をしている。

 全校生徒だけではなく、学食のおばちゃんから校長まで、ぼくと先輩の関係を知らないものはいなかった。

そういうわけで。

昼休みまでには、その関係がご破算になったというゴシップは学校中に知れわたっていた。

 みんなは、したり顔で噂しあったに違いない。

“もともと、あのふたりが付き合っていた方がおかしかった”と。

 

 ……それは正しいと思う。

 ぼくはいたってふつうの男子生徒だ。

そして先輩は文武両道で眉目秀麗、温和怜悧の大和撫子。

 月とすっぽんどころの話じゃない。どこにも、接点なんてありゃしない。

 

 だけど。

 ぼくは、ふられたわけではない。

 ぼくが、ふったのだ。

負け惜しみじゃない。

 

 なぜなら明城先輩は――

 

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